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我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章
5/27

5:ジョルジュ閣下と薔薇の香り

 「ハムの恵み事件」以来、小康状態を保っていたアゾリス国とアンゴラ国の関係に、突如亀裂が走った。

 スポケーン国境警備基地に所属するアゾリス兵が、国境付近をうろついていたアンゴラ人男性を威嚇射撃したのが、事の発端。

 足元を狙ったはずなのに、見事に胸部を貫通したのだ。ある意味、良い腕をしていると言える。

 撃たれた男性は意識不明の重体であると伝えられ、それと共に両国は警戒態勢へと入った。


 にもかかわらず、スポケーン基地指令室にジョルジュ中将の姿はなかった。

 空の椅子をにらむセルゲイの顔は、とんでもなく険しかった。それは、門限に間に合わなかった娘を待っている時の表情に、酷似していた。

「あの……セルゲイ様、閣下はどちらへ?」

 指令室に居残っている兵士がセルゲイへ、おっかなびっくり尋ねた。

「マチルダ君とゴルダード君が探しに向かっています」

「今は国の未来がかかった、緊急事態、ですよね?」

「そうですね」

「閣下が見つからなければ、かなりまずいのでは?」

「体面的には良くないですが、実質はさして問題でもありません。ここだけの話ですが」

 真顔で口元に指を当てたところで、ドタバタと騒がしい足音がしてきた。


「ええい、つつくなクソが! そして引っ張るな! 俺は要介護老人ではないのだぞ、一人で歩ける!」

「だって、こうでもしなきゃ閣下、逃げるでしょう?」

「不真面目な勤務態度で、ごたくを並べられても承伏いたしかねます」

 わめくジョルジュと、後ろから彼を竹槍で突くマチルダと、彼の腕をがっしりホールドしたゴルダードが現れた。

 兵士たちはホッとしようとして、次の瞬間、してもいいのか判断に困った。


 ジョルジュはバスローブ一丁だった。白いタオル生地の下からのぞく脚線美が、余計に神経を逆撫でる。

「何というお姿をさらしているのですか」

 かすかに銀色のヒゲをゆらしながら、セルゲイは目を細めた。門限を破った娘を叱る時と、同じ表情である。

 ジョルジュは口を尖らせ、ふん、と息を吐いた。

「好きでこんな姿になったのではない! 俺は撃たれたクソ男の回復を祈願していたのだ!」

「祈願、でございますか」

 少し目を開いたセルゲイへ、

「そう、ミソギだ! 水を浴び、神へ祈りを捧げていたのだ!」

妙なところで博識なジョルジュは、東洋の文化について滔々と語る。


 その様を、セルゲイはうろんげに見下ろす。

「それにしては、お体から湯気が出ているようですが」

「き、気のせいだ! これは俺の凄みがにじみ出ているだけだ!」

 マチルダも、白けた目を向ける。元の容姿が整っているので、なお怖い。

「大浴場を貸し切りにされて、鼻歌も歌っていらっしゃいましたよね?」

「ち、違う! あれは祈りの歌だ!」

 相手の気持ちを慮れないゴルダードも、いっそ無邪気に追撃する。

「そういや、なんか、お風呂場でバッチャンバッチャンしてましたよね? 泳いでました?」

「五体投地をしていたんだ!」

 苦しい言い訳をひじり出すジョルジュへ、ぐぐいとセルゲイが詰め寄る。

 もはやオーバーキルである。

「閣下……懐に何か、隠していらっしゃいますよね?」

「そんなことはない! この下は、生まれたままの姿だ!」

 己の体を抱き締めながら首を振ったところで、無駄な抵抗である。セルゲイはすぐさま手を振った。

 彼の紐魔術が発動し、バスローブをまとめていた帯がほどかれる。

「きゃーっ!」

 たまらず叫んで、しゃがみ込んだジョルジュの足元から、コロリと黄色いものが転げ落ちた。


 湯船に浮かべて遊ぶ、アヒルのおもちゃである。

「閣下……」

 これにはセルゲイもマチルダも、怒りを通り越して絶句だった。ゴルダードだけは

「案外可愛い趣味なんですね」

と、的外れな感想を述べていた。

「だって……だって、うちの基地の不祥事だから、俺が矢面に立つだろう? 新聞記者とかそういう人も、ここに来るんだろうッ? だからちょっとでも、格好良く見えるように、身だしなみを整えただけなんだよぉ、クソったれェ!」

 後半は涙混じりに、ジョルジュが言い訳をまくし立てる。

「頭が痛いです」

「私もです」

 天を仰いで、セルゲイとマチルダはため息をついた。


 だが、ジョルジュとゴルダードはともかく、この二人も知らなかった。

 件の民間人を誤射した兵士が、自殺を考えていたことを。

「せめて洗い流しやすいよう、風呂場で首をかっ切ろう」

 そう結論付けた兵士が風呂場へ向かった時に、ジョルジュの鼻歌によって気持ちがそがれ、自殺を思い留まっていたことを。


 また、誤射されたアンゴラ人がこの後無事に意識を取り戻し、おまけに密猟者であったと判明することも、彼らはまだ知らない。

 この誤射事件が結局、いつも通りうやむやのうちに終わるのは、近い未来の話である。


 今はただただ、全裸のジョルジュから漂うアルバローズの香りに、ゴルダードを除く、指令室の人間全てが顔をしかめていた。

我が家にもLEDが内蔵された、青色と黄色のアヒルちゃんがいます。

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