3:ジョルジュ閣下と最終兵器
ジョルジュは、アゾリス国スポケーン地方の国境警備基地を守る司令官だ。こう表記すると、物々しい存在に思えるのだから不思議なものだ。
すなわち彼は、日がな一日仕事もせず、怠惰にハムを食らって生きているわけではない。他地方や首都との連携、スポケーン地方一帯の治安状況の把握、また敵対国アンゴラ国の情報収集も、司令官としての重要な務めである。
そして本日。珍しくも、手際良く書類を片付ける彼に、マチルダも滅多に見せない笑顔となった。
「今日は、やけにやる気ですね」
ちなみにこの笑顔は、ジョルジュ以外へは頻繁に向けられている。
そのことを彼は知らない。
「ああ。最近はアンゴラ国も大人しい。環境が良いと、俺の頭脳も冴え渡るようだ」
こめかみを軽く叩き、ジョルジュは笑った。
秘書官の裏、というか表の顔を知らないジョルジュの笑顔は、いつになく爽やかで好感の持てるものだ。
その笑みは執務室を訪れた、年若いゴルダード準尉にも向けられた。
「やあ、ゴルダード。君も精が出ているね」
食料・資材庫の管理を担うゴルダードは、尉官の中でも最年少だ。尉官・佐官達からは使いっぱしり扱いをされているのだが、それを苦にしている様子はない。
むしろ、「お役に立てて嬉しいです」と、いつもにこにこしていた。
すなわち彼は、極めて能天気な心根をしている。端的に言えば、馬鹿ということになるのかもしれない。
馬鹿であるためか、彼はジョルジュにも、あまり嫌悪感を抱いていなかった。
「あ、どうも閣下。閣下もお仕事がはかどってますね、珍しいです」
「ああ、そうだろう? 俺は君と違い、有能だからね」
お互いに、悪意ゼロの毒を吐き合っている。そして見つめ合っては、陽気に笑い合う。
いつもの光景なので、マチルダも何も言わない。彼女にとっては、ジョルジュがハムハム言わず、さっさと仕事をこなしてくれることが最重要事項なのだ。
視線を書類に落とし、手を動かしながらジョルジュは続けた。その口元は、穏やかに緩んでいる。本当にご機嫌なようだ。
「そうだ、ゴルダードよ。たまには二人で、飲みに行かないかね?」
「え、いいんですか?」
「久しく行っていないだろう?」
ゴルダードの顔も輝く。単純だが、彼は実に気のいい若者なのだ。
ただ、彼にはとんでもない癖があった。頭突き癖、である。
喜怒哀楽等、精神的に大きな高ぶりがあった際に、思いきりのけぞり、そして周囲の誰かへ頭が振り落される。
その痛さは、大の大人でも悲鳴を上げ、時には失神するほど。
「ありがとうございまぁす!」
「いてぇ!」
彼を喜ばせたばかりに、うつむいていたジョルジュの頭頂部へ、強打が繰り出された。
頭突きの勢いによってジョルジュの顔も、机へめり込む。玉突き事故のごとく彼の額がぶつかった机からは、書類や羽ペン、インクボトルが吹っ飛んだ。
穏やかな昼下がりの執務室から一転、カオスへと変貌したこの光景も、マチルダには慣れたものだ。散らばった書類を素早く拾い上げ、転がる羽ペンを、起こしたインクボトルへ突き刺した。そしてこれらを、ジョジュルが突っ伏している机の隅に、無言で並べる。
微動だにしないジョルジュへ、ゴルダードはようやく申し訳ない顔となる。
「ああ、ごめんなさい閣下! 最近飲みに行ってなかったから、嬉しかったもんで!」
「少しは加減を……いや、その癖を根本から直せ! クソが!」
ぎりぎりと顔を持ち上げた彼の口調には、普段の刺々しさがなかった。本当に痛かったのだろう、目もうるんでいる。
ごめんなさーい、とゴルダードは手を合わせ、茶目っ気たっぷりに再び謝った。
なお、彼には「スポケーンの最終兵器」という二つ名があるという。
ゴルダードのモデルは弟です。