後日談:ジョルジュ閣下とハムの店
拍手お礼小話の加筆修正&再掲載です。
時系列的には、本編最終話の直後に当たります。
「臨時休業……だと?」
パラポレ地方まで遠征し、大規模な火災を鎮圧し、意気揚々と部下たちを引き連れて「ハムとワインのお店 ドゥヴィヴィエ」までやって来たというのに。
店内に、明かりは点いていなかった。
「あら。『火災によってハムと養豚場が焼けたため、しばらくお休みします』とのことですね」
マチルダが、店の看板に書かれた文字を見る。
なお彼女は実にさり気なく、ジョルジュとの二人きりのディナーから、スポケーン国境警備基地メンバーでの食事会へ路線変更させていた。正に鉄壁の守りである。
「ハムがないのでは、致し方ないですね」
格段ハム好きでもないセルゲイは、マチルダから借り受けたガイドブックを開いて、次の店を探していた。
部下たちも皆、お腹はペコペコ。そしてヘロヘロ。
大人数でわいわい騒げて、がっつりとご飯を食べられるお店はどこだ、とセルゲイは無言でガイドブックをめくっている。
部下たちも通行人に声をかけては、おすすめの食堂などを訊いていた。この辺りの切り替えの早さは、さすがである。
だがジョルジュは一人、諦めていなかった。
「おいゴルダードよ」
腹が空き過ぎて座り込んでいる彼の肩を叩き、立てた親指でドゥヴィヴィエの扉を示した。
「やれ」
「いえ、やれって言われましても……それはまずいでしょ?」
「このままでは俺の気が晴れん。ハムの管理も甘いクソッたれな店など、ぶっ壊してしまえ」
「もう、仕方がないなぁ」
言いつつも立ち上がり、額を店の玄関へロックオンしたゴルダードの首に、セルゲイのネクタイが巻き付いた。
「きゅぅっ」
「仕方がない、ではございませんよ」
そのままぐい、と後方へ引っ張られて行く。
「ゴ、ゴルダードォォッ!」
ジョルジュがそれに気付くと同時に、彼の頬へマチルダ渾身のビンタが飛んだ。
「タコス!」
「火事場泥棒でもするつもりですか、馬鹿!」
本気で怒ったマチルダの気迫に、ジョルジュは腰が抜けてしまった。へなへなと地面に膝を落とす。
「マチルダ君に、馬鹿って初めて言われた……嬉しくもあり、もの悲しくもある……」
「気持ち悪いことをおっしゃらないで下さい。余計に腹立たしくなります」
腰に手を当て、殺意をみなぎらせるマチルダ。
紐魔術でゴルダードを締めながら、セルゲイも非常に怖い顔となっている。
「ハムはございません、と看板にも書いていらっしゃいます。八つ当たりをしても、仕方がないでしょう?」
「うう……だって……」
四十の男がお姉さん座りをしながら、はらはらと涙をこぼす。
「だって貴様ら、ハムが食べられないのに、大して残念そうじゃなかっただろォォッ!」
ついには地面をバンバンと両手で叩き、そのまま全身で突っ伏す。
邪神にでも、祈りを捧げているかのような形相だ。
「あっさり鞍替えしやがって、この薄情者のクソッたれめ! 貴様らなんぞに、ハムを食う資格はないッ!」
「閣下……それは間違いです」
マチルダの静かな声が訂正する。ジョルジュも涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、麗しい秘書官へ持ち上げた。
「何が間違いだと言うんだ」
「私たちも皆、ハムは好きですよ?」
もはや恒例行事でもある、司令官の愁嘆場を見守っていた部下たちも、その言葉にうんうんとうなずく。
「ですが閣下ほど、ハムに固執していないだけです」
またもや部下たちが、揃ってうなずいた。
みるみる内に、ジョルジュの瞳が再び潤みだす。
「では貴様たちにとって……ハムは……ハムは一体、何だと言うのだァッ!」
「単なる食肉加工品の一種、でございます」
静かな答えに、ジョルジュはうつ伏せになって号泣した。
こちらのエピローグ的小話にて、完結となります。
ここまで閣下のお馬鹿にお付き合いいただき、ありがとうございました!




