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我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章
20/27

17:ジョルジュ閣下とフォーク

 ゴルダードにとって、それは素直な疑問だった。

「セルゲイ様って、閣下と付き合い長いんですよね?」

 成り行きで資材庫の在庫確認を手伝ってくれているセルゲイに、ゴルダードは好奇心丸出しの問いを投げかけた。

「左様ですね。かれこれ、二十年以上のお付き合いです」

「よく体壊さずに、今までやってこれましたね」

「いえ。当初は頭痛、不眠、胃痛、動悸、めまい等に再三悩まされましたが……今では慣れました」

 セルゲイは上司の鑑だ。今もこうして、雑用にまみれているゴルダードにも手を貸している。

 キラキラとした目で、ゴルダードは理想の上司を見つめた。

「セルゲイ様、ほんとすごいですね……僕だったらたぶん、頭突きで閣下殺しちゃってるかもしれないです」

「いえ、そんな大層な物でもございません。閣下には、ご恩もありますから」

「え、初耳です。何ですかそれー!」

 思いがけず二人の感動秘話に行き当たったらしく、ゴルダードは食いついた。

 苦笑しながら、セルゲイは入隊直後の思い出を語る。


 魔術師学校の博士課程を卒業したセルゲイ青年は、親の反対を押し切って国軍へ就職した。

 当時はアンゴラ国との関係が悪化していた時期であり、国を憂う正義感ゆえの決断だった。

 しかし彼の紐魔術は、戦場では残念ながらあまり役に立たない。

「火も出せない、氷も出せない、竜巻も起こせない、地割れも起こせない……お前、何で国軍に入ったんだ?」

「紐魔術なんて、家庭生活の方が役立つだろ。主夫にでも、さっさと鞍替えしちまえよ」

 同僚である魔術師たちから、このような嘲笑を受けることもままあった。

 実際、当時の彼はトイレ掃除や物資の運搬、そして新聞縛りなど、雑用中の雑用ばかり押し付けられていた。

 そして上司からも、持て余されていた。

「君自身が、優秀な魔術師であることは知っているよ。でも、君の魔術はなぁ……その、華がない、というかなぁ」

「その分、自分の魔術は応用性に優れています。どのような状況下でも、正しくその実力を発揮できます」

 先祖代々の紐魔術の素晴らしさを説いたものの、

「でも、紐操るだけだろう? 手品みたいなものだろう?」

と上司に言われれば、ぐうの音も出なかった。


 そしてその運命の日も、セルゲイ青年は食堂でからかわれていた。

「俺さー、ネクタイ上手く結べないんだよ。その手品で、ちょちょっと直してくれよ」

「自分の魔術は、手品ではありません」

 上司が手品などと口走ったばかりに、同僚たちも図に乗っていた。

「今更格好つけたって、遅いって。どうせ新聞縛るぐらいしか能がな……痛いッ!」

 だが、ネクタイを頭に巻いてふざけていた彼の脳天に、天誅が降りた。

「体力のないクソもやし魔術野郎の分際で、暴れるな! クソが!」

 拳の主は、今よりも更に短気なジョルジュ青年だった。士官学校をどうやら優秀な成績で卒業したらしいこの男は、すでに中尉の地位にいた。

 そして彼の持つプレートには、もちろんてんこ盛りのハムが。

 殴られた魔術師は相手が中尉と知り、慌てて背筋を伸ばして固まる。

「す、すみません中尉……」

「ただでさえクソむさ苦しい食堂で、ケンカなんかするな!」

「いえ、喧嘩ではなく、ちょっとした意見の交換でして」

「それで意見が食い違ってたんだろ。ならケンカだ、クソッたれ!」

 若かりし頃のジョルジュは、今より口が悪ければ、手も早かった。

 ネクタイ魔術師はまた殴られた。

 さすがに彼も頭に来たらしい。静観の体を取っていたセルゲイを指さし、ジョルジュへわめく。

「いちいち殴るなよ、親の七光りのくせに! 俺は、この役立たずの紐野郎をからかってただけなんだよ!」

「ヒモだと? 軍で働いているのに、こいつは女のスネをかじっているクソ野郎なのか?」

「違うに決まってるだろ! お前、本当は馬鹿だろ! 紐操るしか能がない、出来損ない魔術師なんだよ!」

 出来損ないと言われ、セルゲイの辛抱も限界だった。椅子を蹴倒して立ち上がる。

 しかし彼が同僚へ掴みかかるよりも早く、ジョルジュがなぜか、セルゲイににじり寄って来た。

「お前、紐を操れるのか!」

「あ、はぁ……そうですが」

「すごいな!」

「はぁ」

 胡散臭いものを見る目で、セルゲイはジョルジュ青年を見下ろした。士官学校出のお坊ちゃんは、やはり世間と感覚がずれているようだ。

「そんなことが出来たら、縛ったり縛られたりの、ちょっと特殊なプレイも思いのままだな! うらやましいぞ!」

「……」

 セルゲイは無言でフォークを取り、それをジョルジュの頬に刺した。

「あぎゃアアアア!」

「うわあああ!」

 ジョルジュ本人と、そして周囲から悲鳴が上がる。

 だが、ここで医務室へ駆け込むほど、当時のジョルジュは丸くなかった。

「何するんだ、クソ魔術師! 貴様はチンピラか!」

 自分の頬に刺さり、ぶらんぶらんと揺れていたフォークを引っこ抜いて、セルゲイへ突き出す。

 放り投げられたトレイから飛び散ったハムが、花びらのように宙を舞った。

 そしてセルゲイはハムを避けつつ、自分のネクタイを操ってフォークを弾く。

「どちらがチンピラだ! あんたこそ、あんな下品なジョークを言って最低だ! このド低脳野郎!」

「誰がド低脳だ! 貴様こそ頭でっかちの、ひよっこもやしクソ野郎じゃないか!」

「貴様呼ばわりするな! 不愉快だ!」

 お互い、フォークとネクタイを放り投げ、殴り合いの乱闘へと発展した。


 幸いにして、当時のジョルジュはカマドウマ似の上官に嫌われていた。この事件も大事とならず、セルゲイはそのまま軍へ居座ることが出来た。

 そして、幸か不幸か同僚の魔術師たちは皆、セルゲイを馬鹿にしなくなった。そりゃ、自分もフォークで刺されれば、たまったものではない。怪我の功名である。

 なお当のジョルジュ本人は、治療のために通った軍病院にて看護師の女性に一目惚れし、数年後に見事結婚へとこぎつけた。そのため、セルゲイのこともあまり怒っていないらしい。

 むしろ

「あいつはどうやら、下ネタが好かんらしい。次からは気を付けよう」

程度にしか考えていなかったらしく、逆にこれ以降、妙にセルゲイへ絡んで来るようになった。


 結果として、感動のかの字もなかった出会いの記憶に、ゴルダードは気の抜けた顔になっている。

「あ、ひょっとして。その看護師さんが、閣下の別れた奥さんなんですか?」

「その通りです」

 人差し指を立てたゴルダードへ、セルゲイはうなずいた。あの頃はいつも不満顔の青年だったが、今ではヒゲの似合う紳士になっている。見事な年の重ね方だ。

 土嚢にもたれかかり、ゴルダードはあっけらかんと笑う。

「でも閣下って、昔からほんと変わってないですね」

「手を出すのは少々、遅くはなられていますがね」

 むしろ箱庭療法に凝り出したり、ヤギを飼い始めたり、若かりし頃よりも何かと悪化しているのでは、と思わなくもないセルゲイであった。

 セルゲイの健康の秘訣は、「業務外では絶対に閣下に関わらないこと」です。

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