2:ジョルジュ閣下とネクタイ
ジョルジュは茶髪を後ろに撫でつけた、中肉中背の男だ。ほどほどに整った、これといって特徴のない容姿である。
ひとたび口を開けば個性の大売り出しであるため、これで良いのだろう。
対する彼の腹心であり、国軍へ入隊した頃からの数少ない知人でもある、魔術師のセルゲイは、ひょろりと長身の中年だった。
ジョルジュが腹心もしくは忠臣と長年思い込むだけあり、ヒゲの似合う、穏やかで知的な紳士風の容貌をしている。
その紳士が今、会議室へ向かう廊下を先行する、ジョルジュの首元をのぞきこんだ。
「なんだセルゲイよ。俺の顔に不手際でもあったか?」
「いいえ。閣下のお顔は、良くも悪くも普段通りでございます」
きょとんとするジョルジュへ首を振りながら、セルゲイは一つ咳払いをした。
「なぜ閣下は、いつもシャツのボタンを一つ開けていらっしゃるのでしょうか?」
ジョルジュの制服姿は、何だかいつもだらしない。それは彼が、シャツの第一ボタンを開け、ネクタイも一緒に緩めているからだ。
彼の心根が緩み切っているのも、原因の一つであるかもしれないが。
ちらりと己の首元を見下ろし、途端にジョルジュの機嫌はマイナス方向へ傾く。
「それこそ、なぜだ。なぜ、最後まで閉めなければいけないんだ?」
「閣下はここ、スポケーン基地を束ねられるお方です。シャツのボタンを閉じられている方が、見栄えもよろしく、威厳が増すものと思われます」
そう諌める彼の制服は、ボタンも上まで留められているし、シワ一つない。
「クソが! 見栄えなど、クソくらえだ!」
落ち着いた低音に、怒声が投げ返される。気の短いジョルジュは、早くも殺人光線に類する視線を飛ばしていた。
そして背の高いセルゲイへ胸をそらし、歯を見せてわめいた。
「いいかね、セルゲイ? 人は、首が絞まると死ぬのだ。シャツのボタンを閉めたがために、呼吸困難となって死ななかったクソ野郎がいない、と君は断言できるのか!」
クソが、と口癖を最後に吐き捨てた上司へ、セルゲイは静かに頭を下げた。
中将の地位にいるのだから、ジョルジュは決して馬鹿でないはずだ。だが、賢い訳でもなかった。
だからセルゲイは、そんな彼の賢くない面を、そっと補佐してきた。
ジョルジュの死角から、セルゲイの右手が宙で振るわれる。指揮者のようなその動きに合わせ、へにゃりと曲がっていた、ジョルジュのネクタイが動き出す。
セルゲイ唯一の魔術、紐魔術だ。「紐を自由に操る」という微妙な効果であるため、彼の軍的地位も微妙な場所にある。
「うぉう!」
ネクタイの異変に気づき、ジョルジュがのけぞる。
だが、そんな事にはお構いなしに、セルゲイと、彼に操られたネクタイは、ジョルジュの第一ボタンを閉めた。
ついでに、寝癖で跳ねていた髪を押さえこみ、剃り残されていた顎のヒゲを抜き取る。
「痛いじゃないか、セルゲっ……うぐぐ」
最後にギュウゥゥときつく、ネクタイのあるべき形へ結び直された。
ジョルジュが腹心と信じて疑わないセルゲイは、口数も少なく、自己主張のない男だ。
しかし彼の魔術は、それを補うかのように、本音の塊である。
私はシャツの上までボタンを留めないと、落ち着かない派です。