16:ジョルジュ閣下とカラーコーン
「薬草の盗難、でございますか」
カラーコーンを小脇に抱えたセルゲイの出し抜けな相談に、マチルダは猫目をまたたいた。
はい、と一つうなずいて、セルゲイも銀色の口髭を揺らして続ける。
「魔術に用いる薬草と申しましても、コリアンダーやクミン、ターメリックにナツメグなど、家庭料理でも用いられるものばかりだったのですが」
「貴重な薬草が盗まれなかったことは、不幸中の幸いですね。犯人に心当たりなどは?」
「大いにございます」
そこで登場したのが、赤色のカラーコーンであった。
「一見すると、基地内運動会でも活躍しているカラーコーンですが、警報機兼魔力探知機になっています」
「まぁ、便利ですね」
マチルダも手を打って感嘆する。
魔術師たちが改造したこのカラーコーンは、夜間の研究室の防犯に役立っているという。
「侵入者の魔力を感知し、それが人間であると判断すれば警報音が鳴り響く、という寸法になっております」
「それでは今回も、犯人は捕まっているのでは?」
「あいにく昨夜は、警報はぴくりとも反応しなかった、と巡回の者が申しておりました」
「まぁ……あら? でもそれって……」
弱り顔で頬に手を当てたところで、マチルダはあることに気付く。
「人間以下の魔力だった場合は……」
「そうです。鳴りませんね。ゴキブリや、カエル相手に警報を鳴らしても無意味でございますから」
本題に突入し、セルゲイの眼差しが鋭くなる。
「容疑者と思しき閣下は、いまどちらにいらっしゃいますか?」
魔術師たちが苦心を重ねて作った警報機にも引っかからない男・ジョルジュは、ゴルダードの自室を訪れていた。
「どうだゴルダード。出来そうか?」
「さすが魔術師たちの薬草は、鮮度もいいですねー。香りもばっちり、味もばっちりです」
「よしよし。これで俺の宿願も叶うわけだ! ゴルダードよ、成功の暁には可愛いお姉さんのいるお店を教えてやろう」
「本当ですか? うわ、ありがとうございます!」
自室に備え付けられた、こぢんまりとした台所でにこやかに話す二人。
彼らの背後には、紐魔術で針金を操り、まんまとピッキングしたセルゲイとマチルダがひっそり立っていた。
「仲が良さそうですね。何をなさっているんです?」
マチルダの冷やかな声に、二人はその場から数十センチ垂直跳びした。
「マママ、マチルダ君ッ? 一体、こんなむさ苦しい部屋にどうやって入ったんだ!」
「質問を質問で返してはなりませぬ!」
セルゲイの張り上げた声に、男二人はちぢこまった。
二人の背後にあるオーブンからは、何かがジュージューと音を立てている。そして、食欲をかき立てる香辛料と、肉の焼ける匂いが。
「それで、私どもの薬草をちょろまかして、何をなさっているんですか?」
再びの質問に、ジョルジュはうつむいた。
「……タンドリーチキンだ」
「タンドリーチキンと言いますと、あの、香辛料とバターを塗って焼くという?」
料理に明るくないセルゲイに代わり、小首を傾げたマチルダへ、ジョルジュはむくれ顔で首肯する。
「それだ。一度でいいから食べたかったのだ」
「それならば、食堂のおばさまに香辛料をお借りすればよろしいでしょうに」
呆れ顔のセルゲイの前で、ジョルジュは地団駄を踏んだ。
「クソが! おばちゃんはお洒落なスパイスなんざ持っていないんだよ! それにおばちゃんったら、『ジョルジュ君、ハムばっかり食べる子だと思ってたわー』などと、馬鹿にしやがったんだぞ!」
「それは事実ではないですか」
マチルダが肩を落とすのと、オーブンから軽快な音が鳴るのは同時だった。
「あ、焼けましたねー、タンドリー」
場の空気より自作のタンドリーチキンを優先し、ゴルダードがキッチンミトンをはめた。
「今回のことは、もう結構です」
その光景と、そして何よりもすきっ腹を刺激する香りに、セルゲイは折れた。
「今回はネズミの仕業だった、としておきます。次からは必ず自費で、料理用の香辛料をご購入なさってください」
「うむ、すまんかった、セルゲイ。あまりにもタンドリー欲求が高まって、お前に悪いことをした」
ゴルダードと同じくオーブンをのぞきこんでいたジョルジュが、キリリと振り返る。
顔こそ生真面目にしているが、口からはヨダレが垂れている。
「申し訳ないと思っていただけるのなら、きちんとタンドリーを完食なさって、薬草たちを無駄になさらないで下さい」
「ありがとう」
「ありがとうございます!」
柔和に微笑んだセルゲイへ、ヨダレを垂らした男二人が歓喜する。
そして翌日。
料理用でなく魔術用の薬草を使ったばかりに、「魔力当たり」になってベッドへ伏せる二人の姿があった。
タンドリーチキン、美味しいですよね。
また拍手お礼更新(14話にて、閣下が発送後の一幕です)&15話をちょっと手直ししました!




