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我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章

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18/27

15:ジョルジュ閣下と魔剣

 物々しい封印を施された木箱が、宵闇のスポケーン国境警備基地へひっそり運び込まれた。

 アンゴラ国は無論、周辺住民に対しても極秘中の極秘である。

 会議室に運ばれたそれを開け、ジョルジュが低くうめく。

「これが本当に、例の剣なのか?」

 セルゲイが傍らに立ち、かすかに頷く。

「左様でございます。先日神殿跡より発掘された魔剣、でございます」


 それはかつて、アゾリス国にも王がいた時代に、ある英雄が振るったとされる剣だった。一振りで街をも吹き飛ばすその剣は、周辺諸国からの脅威を、片っ端から退けていったと言われている。


「だが、名前の割にはみすぼらしいな」

 箱の中に納められた、ボロボロの剣をつつくジョルジュ。

 容赦ないコメント通り、魔剣は泥にまみれ、錆を生やし、なんとなく湿っぽかった。

 不躾な彼の手をぴしゃり、とマチルダがたしなめた。

「見た目はガラクタでございますが、我が国の神話にも登場する品です。汚い素手で触られてはなりません」

「クソッたれ、俺は汚くないぞ! 体臭にも気を遣っている!」

「先ほど、ジョルジュ号とじゃれていたではありませんか」

「ぐぬぬッ」

 歯ぎしりするジョルジュの背中に頭をこすりつけ、メェェ、とジョルジュ号が鳴いた。

 飼い主改め遊び相手のジョルジュに、どうやらついて来てしまったらしい。

 白いゴワゴワの身体を背に隠し、我らが司令官は慌てふためく。

「クソ、なんてことだ! 駄目だぞジョルジュ号! 早く逃げるんだ! 仕事場にやって来たら、マチルダ君に潰されてしまうぞォッ!」

「屠殺なんていたしません。閣下ご自身がジョルジュ号のうんちを拾っていただけるなら、今日のところは入室を許可しましょう」

 部下たちが大勢いる手前か、マチルダは温情ある判断を下した。

「どうしよう、マチルダ君が優しい……奇跡だ。 しかし、うんち入れと言われてもな」

 会議室を見渡し、魔剣が入っている箱に手を伸ばす。

 その手をまた、ぴしゃりとマチルダが叩いた。

「それは駄目です。閣下のブーツの中にでもお入れ下さい」

「それはあんまりじゃないか? 代わりに、灰皿使ってもいい?」

 自分はかつて上司のブーツに、カマドウマを仕掛けたというのに。

 駄々をこねるジョルジュへ、セルゲイがため息をつきながら灰皿を手渡す。

「そろそろ、本題に戻られてはいかがでしょうか?」

「む、そうだった。『魔剣に選ばれし者』探し、だったな」

 ジョルジュは一つうなずき、灰皿片手に椅子へ深々と腰掛ける。膝に乗る替わりに、ジョルジュ号がその太ももに顎を乗せた。

 その様は、いつかに彼が夢見た黒幕というよりも、むしろ牧場主である。

「よし、皆の者、揃っているか?」

「はっ。点呼を取り、確認済みであります!」

 ビシリと敬礼して答える各班の曹長へ、ジョルジュは小さくうなずき返す。

「それでは今より、魔剣に選ばれし者探しを始める……なんだかくどい上に、クソ長ったらしいな、この言い回し。どうにかならんのか?」

 腹から声を出して部下へ宣言しつつ、途中で口を尖らせてセルゲイを見上げる。しかしセルゲイは、ふるふると首を振った。

「どうにもならないかと、思われます」

「む、そうか。皆の者、どうにもならないクソ分かり辛い言い回しだが、要するに魔剣を鞘から引っこ抜ける人間探しだ! シンデレラ男版だと思え!」

「シンデレラ男版……なんと分かりやすく、有り難味のない」

 誰かが呟いた。


 このオンボロの魔剣は、決して不燃ゴミとしてスポケーン基地へ投棄されたわけではないのだ。

 遠い昔に、仰々しい名前の魔物を封じ込めたという魔剣は、所有者を選ぶと伝えられている。鞘からその身を抜き放てるのは、「魔剣に選ばれし者」だけだとか。

「とりあえず、国内の軍人たち全員に試させてみよう。アクの強い連中だから、選ばれし者もいるかもしれない。抜ける人間がいれば、国内外への良い宣伝にもなる」

 議会はそう判断し、一般国民には一切情報を伏せたまま、魔剣をたらい回しにした。


 そうして本日、スポケーン基地にも順番が回って来たのだ。

「ではまず、司令官である俺から試してみるか」

「バツイチの魔剣使いなんて、サマにならないと思いますが」

「黙れ、クソが! 俺がどうして司令官になったと思ってるんだ! こういう時に、一番乗りをするためだ!」

 茶々を入れたゴルダードへ蹴りを入れ、手袋をはめた手で魔剣を握る。ただし、ジョルジュ号が眠そうに足へもたれかかっているため、椅子に座ったままの片手間スタイルだ。

「そいやッ!」

 気合一発。剣を抜き取ろうと力を込めるが、ぴくりともしなかった。

「なんという手ごたえのなさ! まるでウェハースではないか、クソが!」

 仕方がなく立ち上がって、両足で鞘を挟み、両手で柄を握りしめて再度試みるが、やはり無意味。

 馬鹿にするように、ジョルジュ号もフメッと鳴いた。

 続いてハンマー投げの要領で振り回し、遠心力を利用した抜剣にも挑むが、鞘は一ミリもずれなかった。

 オールバックの茶髪を振り乱し、真っ赤な顔でジョルジュはがなる。

「セルゲイ! お前の紐魔術で、クソなまくらの柄頭から鍔までこう、チャーシューみたいにぐるぐる巻きにして、引っ張り上げるんだ!」

「それはいわゆる、ズルではございませんか?」

 セルゲイは無理するな、と言う代わりに魔剣を取り上げ、念のため自分も引っ張ってみる。こちらも微動だにせず。

「やはり、中年男はお呼びでないようですね」

 魔剣はセルゲイから佐官、尉官、下士官、そして一般兵から新兵へと次々に回されていくが、いずれも空振りだった。

 最後に魔術師たちも試みたが、こちらにも選ばれし者はおらず。

「僕らは所詮、閣下の部下ですからね。やっぱり救世主の器じゃないですよ」

 笑いながらのゴルダードの言葉で、つまらなさそうにジョルジュ号の背中を撫でていたジョルジュが身を起こす。

「そうだ。老害クソ野郎共からは『部下全員に試させろ』と言われているが、どこまでが俺の部下になるのだ?」

 出し抜けのその声に、一同へ解散を命じていたセルゲイが振り返る。

「と、おっしゃいますと?」

「例えばマチルダ君のような事務官、医療棟の医師どもに看護師さん、食堂のおばちゃんや庭師のおじちゃんも、この基地のメンツに含まれるのではないか?」

「そこまで範囲に含まれますと、選ばれし者探しがかえって困難になるかと」

 背筋を正し、セルゲイは首を振る。

「また、食堂のおばさまはお喋りであると有名でございます。極秘事項である魔剣の存在が、アンゴラ国にまで知れ渡る可能性があります」

「それは困るな。俺の離婚歴を、周辺住民が知っていたことに肝を冷やしたばかりだ」


 司令官と補佐官は、机に魔剣を放置したまま、会議室の隅で話し込んだ。

 そして同じく放置されたジョルジュ号が、机に前足をついて乗り上げ、魔剣の匂いをふんふんと嗅いでいる。

「こら、駄目ですよ」

 マチルダがそれに気付き、魔剣を取り上げる。ンメェ……、とジョルジュ号はふてくされたようだった。

「これは錆だらけで危険ですから、他のおもちゃで遊びましょう」

 ジョルジュ号へ笑いかけるマチルダの手が、無意識に魔剣の柄を撫でていた。

 見た目よりも軽いな、などと脳裏の片隅でうっすら考える。

 指先が鍔にはめられた宝石を撫でた拍子に、カチャリ、とかすかな音がした。

 慌てて彼女は手元を見下ろし、そして顔を強張らせた。

「え……?」

 いつの間にやら鞘から三分の一程飛び出していた刃が、自ら鈍い光を放つ。光ると同時に、ジョルジュ数万人分に相当するであろう魔力があふれ出した。

 紫色の霧に似た魔力は、目を白黒させているマチルダを中心に渦巻いた。

「ぐふふふふ……」

 ますます不気味なことに、光る刃の奥からは、かすかな声も聞こえて来た。

 ざらざらとひび割れた、男の声である。

 そしてその声は、どんどん大きく明瞭になっていった。呼応するように刃の光も、魔力の霧も強くなる。

「ふふふ……ははは……この時を待ち望んでいた……我は、再び選ばれし者と会いまみえるこの日を待ちわびていたぞ! フハハハハハハッ!」

 大きな高笑いであったが、相変わらずジョルジュやセルゲイに気付く素振りは見えない。

 急激に耳が遠くなったのか、はたまた魔剣には防音機能でも備わっているのか。

 いずれにせよマチルダは、

「さあ、選ばれし者よ……我を解き放て! 汝と我が手を取り合い、あまねく敵を」

 チャキンッ。

高飛車な口説き文句の途中で、魔剣を霧と光ごと、鞘にねじこんだ。


 室内に響いた金属音に、「庭師のおじさんには魔剣を握らせるべきか」論争をしていたジョルジュとセルゲイが、今更ながらにようやく振り返る。

「どうした、マチルダ君? 魔剣が抜けたのか?」

「ご、ご冗談をっ……」

 時折ジョルジュはこうして、無自覚に核心を突いてくるので油断ならない。仕事用の涼しげな笑みをなんとか保ち、マチルダは半ば放り出すようにして魔剣を机へ戻す。

 セルゲイはその挙動に少し眉を潜めたものの、すぐにジョルジュへ向き直る。

「庭師のおじさまが器用かつ、屈強であることは存じ上げております。ですがそこまで確認を取られては、次の基地から催促が飛んで参ります」

「ちなみに次の輸送先は?」

「パラポレ基地でございます」

「よし、このまま借り続けて、しらばっくれるか──いてェッ!」

 そう宣言したジョルジュは、セルゲイの操るネクタイで頬をぶたれていた。


「さあジョルジュ号、お家に戻りましょうね」

 角の生え始めた小さな頭をなでると、メェッ、と甲高い鳴き声がすかさず返って来る。

 ポクポク歩くヤギをお供に、マチルダは会議室を後にした。


 結局選ばれし者は見つからず、魔剣は学芸員による洗浄と修復を受けた後、国立博物館へ保管されることとなった。

 今では館内一番の、目玉展示品になっているという。

 ちょっとしたファンタジー。

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