幕間 14.5 ジョルジュ閣下と朝帰り
拍手お礼小話の加筆修正&再掲載です。
相当電波な内容なので、お礼にすらなっていない代物です。
「閣下、遅いですね……」
首都では見られない星空を眺め、ゴルダードはスポケーン国境警備基地入り口で棒立ちになっていた。
「さすがに、少し軽率だったのかもしれません」
隣に立つセルゲイは口調こそ淡々としているが、顔にはねっとりとした汗がにじみ出ている。決して暑いわけではない。
むしろ山間部の夜は、夏場でも寒いくらいだ。
二人とマチルダは、悪びれもせずにロリータ・コンプレックス的発言をしたジョルジュをカッとなって梱包し、伝票を書き、集荷トラックへ積み込んでしまった。
よくよく考えれば、会議中でも居眠りをし、司令室でもジグソーパズルに興じているような男が、セルゲイの子ども自慢を真面目に聞いていたわけがない。年齢のことも、右から左へ聞き流していたのだろう。
「いやいや、でもでも! あの時の閣下の口調、半分本気っぽかったですし! アリサ様の年齢関係なく、洒落にならない感じでしたから! いいお灸になったはずですよ!」
ゴルダードが大袈裟な手振りを付けて、セルゲイへ熱く語る。
「仮にアンゴラへ入国してしまい、射殺されてしまえば、お灸もクソもありませんがね……」
元々明るいわけではないセルゲイだが、今夜は殊更暗い。
娘の狼藉を知り、その娘が上司に性的な意味で狙われ、思わず上司を梱包し……色々と、積もり積もった心労もあるのだろう。
「あの……セルゲイ様? ゴルダード准尉?」
周知の怖がりであるにも関わらず、マチルダがランタンを下げて現れた。
ただし、かなり腰が引けており、足がガクガク震えている。道中で拾ったらしい木の枝を杖替わりにして、どうにか立っている有様だった。
「マチルダさん、生まれたての子ヤギみたいですから! 部屋に戻っておいた方がいいですよ!」
「そうしたいのはやまやまなのですが、部屋にいると、閣下の断末魔が聞こえて来るような気がして」
ふるりと体を震わせ、マチルダが柳眉を寄せる。
「それで、閣下はお戻りに……?」
金の髪をかき回し、ゴルダードは口をすぼめる。
「いえ、まだですね。そんなに遠くまで運ばれてない、と思うんですけど。そもそも軍人なんだから、ロープをほどいて逃げ出せそうなのに」
彼の嘆きに、いえ、と小さな声が反論した。
とうとう真っ白な顔になってしまった、セルゲイであった。
「閣下は私の娘の年齢を失念していらっしゃったようですが、私も失念していたことがございました」
「……失念、とおっしゃいますと?」
震えが腹辺りにまで這い上がって来ているマチルダは、杖にかじりついている。
「閣下の魔力がカエル以下である……ということです」
「ああ、そんなこと言ってましたっけ。でも、それって、この状況に関係ありますか?」
首をひねったゴルダードへ、セルゲイは笑い返した。
かっさかさに乾ききって、疲れ果てた笑みである。
「閣下を縛ったのは、私の魔術が込められたロープです。恐らく、閣下が抜け出そうとしたところで、びくともしないのではないかと思います」
「……」
二人も沈黙した。
結局そのまま夜を過ごし、ようやく朝日が見え始めたところで、ジョルジュは戻って来た。
一体何があったのだろうか。彼は半裸であった。
腹や顔には、顔料のようなものでべたべたとペイントが施されていた。
そして頭はぼさぼさになり、なぜか花冠を被っていた。
夜通し彼を待ちぼうけた三人も、その姿に眠気も疲れも吹っ飛んだ。
「うわァァァァ! 閣下ァァァァッ!」
最初に叫んだのはゴルダード、ではなくセルゲイだった。防寒用に羽織っていた毛布を放り捨てて飛び出した。
肩を落としてとぼとぼと、三人へ向かってくるジョルジュへ駆け寄る。
「ご、ご無事でございますか、閣下!」
「ああ、セルゲイか……すまん、お前の娘が十歳だと、忘れていた……」
「構いません! この際、そのようなことは些末な問題でございます! そして服を、どこへ失くされたのですか!」
死んだ目のジョルジュが、その問いを聞いた途端、がたがたと身体を痙攣させた。
「そ、それがな、色々あって……うん……一体、どこから語ればいいんだ……おや、目から体液が……?」
「も、ももも、もうおっしゃらなくていいですから!」
マチルダもたまらず、ジョルジュへ駆け寄る。
「寒くはありませんか? 毛布でございます! 温めておきました!」
「うん、うん……」
うつむいて涙をこぼしながら、ジョルジュは大人しく毛布にくるまる。
ゴルダードも何となく場の空気に流され、何となくジョルジュへ走り寄った。
そして駆けつつ、ある妙案を思い付く。
「そうだ! お腹空いてないですか、閣下!」
「お腹……?」
「閣下の好きなハム料理、僕が作りますから! それ食べて、身体温めましょうよ!」
ジョルジュはようやく、目を上げた。
「そう、だな。腹は減っているな……昨夜はツィンガーしか食べさせてもらえなかったから」
「ツィンガー……?」
思わず三人が顔を見合わせる。
「……ツィンガーって何ですか? そもそも誰に、何を食べさせられたんです?」
「ツィンガーと言えば、トルメルキルア人たちの郷土料理ではないか。何を今更言ってるんだ」
「と、とる、める?」
一同はようやく、ジョルジュの目が遥か彼方を見つめていることに気付く。
昨夜の彼に何があったのか、三人には全く分からないが。
相当に、ジョルジュはまずいことになった、ということだけは分かった。
首に血管と筋を浮き上がらせ、セルゲイが叫ぶ。
「マチルダ君! 医療棟の当直を叩き起こしてくれたまえ! それから首都より、カウンセラーをお迎えする準備を! そしてゴルダード君、一番良いハムを丸焼きにしてくるんだ!」
「かしこまりました!」
「はい!」
前のめりになりながら、二人は基地の中へと駆け出して行った。
その間にもジョルジュは
「ツィンガーとポッケルの食い合わせは最高だと、ミョウダイン氏がおっしゃっていたが、今ならその気持ちも分からんでもない。あの二つを口に含んだ時の、独特のデラボッシ臭は慣れれば病み付きだ」
ブツブツと、出所不明の単語を連発していた。
しかしハムを食べた途端、ジョルジュはケロリと元に戻った。
「ツィンガー? トルメルキルア? 何だそれ? 新しいハムのメーカーか?」
ハムにかぶりつきながら、彼は平然とこんなことをほざいた。
三人はそのポテンシャルに、改めて薄気味悪さを感じたのだった。
だが最も肝が冷える思いをしたのは、入り口の警護をしていたばかりに一部始終を目撃してしまった、新米兵士の二人だった。
「どうやら閣下は妖精もしくは地底人にさらわれ、連中と契りをかわしたらしい」
スポケーン基地の若年層の間では、まことしやかにこのような噂が流れたという。




