12:ジョルジュ閣下とカマドウマ
泥だらけで会議室に現れたジョルジュを、一同はぽかん、と見上げていた。
四歳児ならいざしらず、四十歳中年が泥だけでいると、言葉では表しにくい不安感があった。
「閣下。制服のままジョルジュ号と遊んではいけない、とあれほど申し上げたじゃありませんか」
眉間にしわを寄せ、マチルダが第一声を発する。言っている内容はお母さんである。
「本日は新兵の配属を決める日だというのに、今までどちらにいらっしゃったのですか?」
呆れ声のセルゲイに向けられたのは、殺意みなぎる視線であった。
「……そのクソ新兵どもの仕業だ、クソったれ」
「それは、つまり?」
「クソガキ共が、バカみたいにクソ深い落とし穴をこしらえてたんだよ! ご丁寧に、俺の通り道にいくつもな!」
「うわー。閣下、愛されてますね」
「こんな愛などいらん! そもそも男の愛などクソくらえだ!」
能天気なゴルダードの感想にも、ジョルジュは吠えた。
「本当に俺を崇め奉っているならば、ハムでも奉納しろ!」
ジョルジュへ真っ白なタオルを渡し、マチルダがため息をつく。
「軍事基地ではなく、邪教の総本山と思われるのでおやめ下さい。新人さんたちもようやく、この基地に慣れてきたという証拠ではありませんか」
そう。先月の始めに新兵たちが、このスポケーン国境警備基地にもやってきたのだ。
首都とは大違いの辺境っぷりに目を見張る者や、国境付近の物々しさに尻込みする者なども沢山いた。
また、中にはジョルジュ号の立ち上がりパンチを浴びる者や、ゴルダードに気に入られて頭突きを食らう者、うっかりジョルジュのハムを食べて激怒される者もいた。
いや、ほぼ全員が、いずれかの洗礼を受けていた。
どの新兵も赴任当初は、右も左も分からぬ迷子状態であったが、一ヶ月かけて基地の雰囲気にも馴染みつつあった。
「そうは言うけどな……穴の中に、イヌのウンコらしきものまで設置されていたんだぞ?」
「え」
マチルダが一歩退いた。
ジョルジュはさすがに傷ついた顔を浮かべる。
「踏んでない、踏んでないぞ! 誓って踏んでいない、かろうじて避けた!」
慌てるジョルジュの手元から、ふわりとタオルが浮き上がった。
セルゲイの紐魔術に操られたタオルは、遠慮なしにジョルジュの顔面をこすり、制服の表面をはたいていく。
「念のため、ブーツはお脱ぎ下さい」
「踏んでいないと言っているだろ、クソが!」
などと言いつつちゃっかりブーツを脱いだので、真相は闇の中だ。
「閣下の新人時代に比べれば、この程度のいたずらは児戯でございます」
ブーツの口を指でつまみつつ、セルゲイは口髭を揺らした。
「閣下の若かりし頃って、どんな感じだったんですか?」
真っ先に身を乗り出したのはゴルダード。
「ふむ。基本的には、今とさして変わりませんが……」
「ハムが好きなところとか、ですか?」
「ええ。今と変わらず病的でした」
「クソが! 誰が病的だ!」
仁王立ちするジョルジュを聞き流し、セルゲイは天井をにらんで過去を振り返る。
「ただ……相性の悪い上官殿がいらっしゃったのですが、彼へ執拗にいたずらを繰り返していらっしゃいましたね」
「落とし穴とかですか?」
「いえ。上官殿の制服にカマドウマを仕込まれたり」
「うっ」
声をもらしたのはマチルダである。彼女は多くの女性と同じく、虫全般に非友好的だ。
「また、枕にカマドウマを仕込まれたり、ピクルスをカマドウマにすり替えられたり……ああ、そういえばブーツにもカマドウマを入れていらっしゃいましたね」
手にしたブーツを見下ろして付け加えられた言葉に、男性陣も息を飲む。
ゴルダードも顔をひきつらせて、ジョルジュを怯えた目で見る。
「どうしてそこまで、カマドウマにこだわってたんですか?」
「上官がカマドウマに似ていたので、ムシャクシャしてやった」
当の本人は開き直り、にやりと笑っている。
その犯行動機に、マチルダは額を覆った。
「よくクビにならず、今まで生き延びられましたね……」
「というか、よく軍人になろうと思いましたね」
ゴルダードは首をひねっている。
「閣下ってほら、見学に来た子供たちに好かれてたし、保育士さんとか向いてそうですよね」
ジョルジュが保育士をしている保育園に子供は預けられない……と言いかけて、セルゲイは寸前で口をつぐんだ。
「あと、カマドウマ専門のペットショップとか」
「クソが! 便所で捕獲できるクソ虫を、誰が買いに来るんだ!」
ジョルジュが泥をまき散らしてわめく。
「俺の家系は、代々軍人を務めていたんだぞ! 祖父はファフロツキーズ戦争にて鬼将軍と恐れられ、父はベルメス戦争の救世主と呼ばれている!」
そして当の本人は、ハム狂いのカマドウマ使いである。
「つまり、コネ入隊なんですね?」
「うむ!」
ゴルダードの躊躇ないあけすけな質問に、ジョルジュは満面の笑みでうなずいた。
インドネシアへ旅行に行った際、巨大カマドウマと遭遇したのが未だにトラウマです。




