表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我らが閣下 〜バツイチ中将はハムが好き〜  作者: 依馬 亜連
ジョルジュ閣下と風林の章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/27

11:ジョルジュ閣下とクマちゃん

 朝からジョルジュは落ち込んでいた。

 彼が早朝から不機嫌なことはままあるが、うなだれ、暗い空気を背負い込んでいることは稀である。

 執務室の机に向かいながら幾度となくため息をつく彼を、セルゲイも珍種の妖精を見る目で眺めていた。

「いかがなされたのです、閣下?」

「ああ……セルゲイ、いたのか……」

 いたも何も、執務室に一番乗りしたのはセルゲイであり、ジョルジュを出迎えたのもセルゲイである。

 これは重症だな、と彼は即座に判断する。

「何か悩み事でも抱えていらっしゃるのですか? 解消のお手伝いを出来るのかは内容次第ですが、ご相談なさって下さい」

「悩みというか……」

 再び深いため息を吐き、ジョルジュは机へ伏せる。

「……俺のクマちゃんの、首がもげてしまったのだ」

 しばらく、沈黙が続いた。

 急に黙りこくったセルゲイへ、ジョルジュが目だけ上げる。

「言っておくが、生のクマではないぞ。箱庭に使っているお人形だ」

「失礼いたしました」

 頭を下げるセルゲイだったが、ホッとしていいのか、判断につきかねていた。


 生きたクマの首が切断されたわけではない、ということは喜ばしいのだろうが。

 スポケーン国境警備基地を預かる男が人形遊びをしているという事実に、今度はうすら寒さを感じてしまう。

「これを機に、その箱庭遊びを卒業されてはいかがでしょうか」

「嫌に決まってるだろ、クソが! あれをしないと、俺は今以上にお前へ迷惑をかけるぞ」

「それは困ります。そして、迷惑をかけていらっしゃるとご自覚なさっていたことに、驚きました」

 呆れを通り越して感心しているセルゲイへ、ジョルジュは哀れっぽい目を向ける。

「この辺りで、お人形を扱っている店はないだろうか?」

「分かりかねます。何分、田舎でございますから。クマさんがいらっしゃらないと、箱庭遊びは出来ないものなのでしょうか?」

「今、最も旬で、俺のお気に入りだったのだ……俺のクマちゃん……」

 ジョルジュの嘆きに覆いかぶさる形で、執務室の扉がノックされる。


 入って来たのはゴルダードであった。当然、彼も司令官の異変に気付く。

「どうしたんです閣下? 食当たりですか?」

「そんなわけないだろ、クソッたれ。俺のクマちゃんがもげたのだ」

「閣下、クマ飼ってたんですか?」

 今まで机に突っ伏していたジョルジュが、素早く体を起こす。

「クソが! クマみたいなクソでかい生き物を、あんなクソ狭い屋敷で飼えるわけないだろ! 人形に決まってるだろ! お前らはどうしてそう、俺がクマを飼ってると思い込むんだ!」

 冷静に考えれば、ジョルジュの邸宅付近でクマを見かけたこともないので、そうなのだが。

 この人ならクマでも飼いかねない、という先入観に囚われていた部下二人は、ばつが悪そうにうつむく。


「……それじゃあ、いっそ、本物のペットを飼えばどうでしょう?」

 何かを思い付いたらしいゴルダードが、ぱっと陽気な顔を上げた。

 その提案に、セルゲイが顔をしかめる。

「閣下にペットのお世話が出来るとも……」

「いいじゃないか、ペット!」

 補佐官の苦言をぶった切り、ジョルジュも明るい表情になる。

「フワフワした生き物を、膝に乗せて愛でてみたいと思っていたのだ! なんだか黒幕みたいだろう?」

「形から入らずとも、あなたはこの基地の黒幕でいらっしゃいます。そのような短慮で、生き物を飼われてはなりません」

「頼むよセルゲイ。どうせ世話は、屋敷の使用人に任せるんだ」

 のっけから他力本願全開の台詞であったが、それならペットも酷い目に遭わないだろう、とセルゲイも揺らいでしまう。

 ゴルダードが、そこへ追い打ちをかける。

「お願いしますよ、セルゲイ様ー。いつも食材卸してくれてるおばちゃんから、引き取り手を探してくれって、お願いされてるんですよ。地域貢献だと思って!」

「ううむ、そうでしたか」

 地元住民からの要請ならば、事情も異なってくる。

 先日の亡命者騒動以降、隣国への恐怖心や国軍への不信感が強まっている彼らの心情を、少しでも和らげられるかもしれない、とセルゲイも判断した。


 かくして三日後、精肉店の女主人に連れられて、白いフワフワの生き物が基地へとやって来た。

「……これ、ヤギじゃないか」

 メェェェと鳴く有蹄類を見下ろし、ジョルジュはぽつりと呟いた。

 そうですよ、と女主人もうなずいている。


 まだ子ヤギであるものの、膝に乗せるのは骨が折れそうだ。

 それに毛も、フワフワというより、むしろゴワゴワ。

 ゴルダードもヤギとジョルジュを眺め、頭をかく。

「そうですね、ヤギでしたね。僕、てっきり犬とかだと思ってました」

「これではペットというより、家畜ではないのか」

「家畜ですね。案外大きいですね」

「『案外大きいですね』じゃないだろ、クソが!」

 ゴルダードの口調を真似つつ、頭を振りかぶるが、百戦錬磨の彼に敵うわけがない。

 反射的に頭突きを返したゴルダードに競り負け、ジョルジュは地面を這った。

「あ、すみません、閣下。つい癖で」

「ついじゃない! 色々と謝れ! コメツキバッタみたいに土下座しろ、クソ石頭!」

 額を押さえてがなるジョルジュが、不意に固まった。

 子ヤギが、すぐ傍まで近づいていたのだ。

 そよ風に白い体毛をなびかせる子ヤギは、ジョルジュの顔を匂い、次いで指をくわえた。

 チュパチュパと、そのまま指に吸い付くヤギを見て、女主人も日焼けした顔で笑う。

「閣下さまは、この子に好かれていらっしゃいますね」

「好かれて?」

「指吸われてますでしょ? それ、お乳をねだってるんですよ。お母さんだと思われたのかもしれないですよ、あははは」

「閣下がお母さんですか、おっかないですね。あははは」

 つられてゴルダードも、のんきに笑った。


 豪快に笑った後、ぼそりと小さな声で、女主人は付け加えた。

「まぁ、お気に召さないなら、連れて帰りますよ。オスですから、食肉にできますし」

「……引き取る」

 ここまで言われて、指を吸われて、彼女へ突っ返すわけにもいかなかった。


「オスのヤギなど引き取られて、どうされるんですか? 成長すれば、角も生えるのですよ?」

 執務室に現れたヤギを見て、セルゲイは顔をしかめる。

「分かってる」

 ヤギの首に結われた紐を持ち、ジョルジュはふてくされた顔だ。

「それに糞尿も垂れ流しでございます」

「分かってる」

「繁殖期に入れば、とても凶暴になると」

「分かってると言ってるだろ、クソッたれ! お母さんヤギに間違われて、引き取らんわけにはいかんだろ! それにな、俺が引き取らねば即日ドナドナだったのだぞ!」

 やや脚色された言い訳に、セルゲイもようやく沈黙した。

 ただ、先日ジョルジュが評した通り、彼の屋敷の大きさは家畜向きではなかった。

 そのため、軍用犬ならぬ軍用ヤギの名目で、子ヤギはスポケーン基地へ就任することとなった。

 職務内容は、司令官に甘えること。

 いつの間にか、ヤギはジョルジュ号と呼ばれるようになっていた。

 ジョルジュ号のイメージは、『アルプスの少女ハイジ』に出てくるヤギ(たぶんザーネン種)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ