幕間 10.5:ジョルジュ閣下と引き出物
拍手お礼小話を加筆修正いたしました。
10話直後の馬鹿話です。
ようやく笑いの波が引いたところで、マチルダが涙を拭いながら身を起こす。
「……ところで閣下。ハムのお土産はいただけたのですか?」
まだ大仏頭を直視するのは厳しいらしく、さり気なく彼の顔面を視界から外していた。
いつになく目ざとくそれを悟り、ジョルジュは俊敏に視線を追いかけつつ、小さくうなずいた。
「うむ、一応引き出物は貰った」
「一応と、おっしゃいますと?」
「肉絡みではあったのだがな……」
嫌なことを思い出したらしい。
秘書への嫌がらせを中断し、突っ立って歯ぎしりする。
ジョルジュという男は、人生の三分の一をイライラしながら過ごしている。だから不機嫌になった上司にも、周囲は慣れたものだ。
なお、残りの三分の二は無意味に過ごしている、ともっぱらの評判である。
ギリギリと歯ぎしりするジョルジュへ、マチルダはいつもの淡白な口調で問いかける。
「では引き出物は、ハムではなかったのでしょうか?」
「そうなのだ! オドレイのクソ小娘め……俺がハム好きだと知っていながら、わざわざベーコンの詰め合わせを押し付けやがったのだ! クソッたれめ! 今まで貴様にやったお小遣いを返せッ!」
姪のしたり顔を思い出したのだろう。ジョルジュは地団駄を踏んだ。
そのたびに頭がゆっさゆっさと揺れ動くので、顔を真っ赤に染め上げたセルゲイが、彼の動きを押しとどめた。
「お止め下さい。揺れられますと、我々が持ちません」
「どう持たないのだ。ほれ、具体的に述べてみろ」
「……お分かりでしょう? ところで、閣下はオドレイ様に何かなされたのでは?」
「うん? それはどういう意味だ?」
「姪御のイタズラとはいえ、いささかやり過ぎでは……ウププッ……いえ、失礼いたしました」
途中でこみ上げた笑いを飲み込みつつ、
「気付かぬ内に、オドレイ様を怒らせたのではないでしょうか」
と続ける。
この推測に、ジョルジュは少し傷ついた顔になった。
「そんなことはないと思うぞ。あいつはクソガキの時分から、俺にべったりだった。オドレイの父である兄上からも、俺によく懐いている、と太鼓判を貰っていた」
意外な事実に、一同は揃って目を丸くする。
再びジョルジュは地団駄を踏んだ。
「なんだその顔は! 司令官の言うことが信じられないのか、クソッたれどもめッ!」
「部下の戯れと思い、どうぞ菩薩のようなお心でお許し下さいませ」
「菩薩と呼ぶなァァッ! セルゲイよ……貴様、俺の頭を……いいや、俺そのものを馬鹿にしているだろ!」
「滅相もございません」
決して馬鹿にはしていない。ただ、少々軽んじているだけだ。
「それはともかく。閣下、話を戻しましょう」
「うまくごまかしやがったな、貴様」
「恐縮でございます……オドレイ様と親しかったとなられると、数々のイタズラも深い愛情の裏返し、ということでしょうか?」
「そうなのか……いや……待てよ」
何かを思い出したらしい。顎に指を添え、ジョルジュはしばし考え込む。
その様がまた仏像的だったので、部下たちは再び小刻みに震えた。
彼らの挙動に、ジョルジュは眉を潜める。
「お前たち、何を震えてるんだ? 低血糖か?」
「……そのようなところです」
笑いを空咳でごまかしながら、マチルダが返した。
「そうか、ちゃんと飯を食うのだぞ。オドレイの件で一つ、思い当たる出来事があったんだが」
「どのような出来事でしょう?」
「三年ほど前に、一族郎党でキャンプへ行った時のことだ」
司令室の面々は真面目な顔で、ジョルジュの言葉に耳を傾ける。
「そこで、色々あってハムの奪い合いになってな……俺は軍で鍛えた脚力を活かし、ハムを抱えてオドレイを振り切った」
ジョルジュはやや遠い目になる。
泣きながら追いかけてくるオドレイを置いてけぼりにした、湖畔でのほろ苦い記憶を思い返しているのだ。
「それです、絶対に」
部下たちは渋い顔で、声を揃えて答えた。
相手はジョルジュの親族だ。ハムにまつわる恨みであるならば、おそらく死ぬまで覚えているだろう。




