10:ジョルジュ閣下と東洋の神秘
ほぼ全体的にのんき者のジョルジュであるが、今回ばかりはさすがに結婚式場からとんぼ返りをして、亡命者たちの安否を確認した。
「おいセルゲイ。クソみそアンゴラ国からの亡命者の状態は?」
「皆さん大きな外傷等はないものの、一様に衰弱していらっしゃいます。医師によりますと、極度の栄養失調とのことでございます」
「そうか、腹を空かせるのは辛いな。飯ぐらい食わせてやれ。だが甘やかさすなよ、尋問はきっちり行え。それから、ハイエナみたいなクソったれの記者どもは?」
「首都からの箝口令が効いているのでしょう。今のところ、目立った動きは見受けられません」
キビキビと状況把握をするジョルジュへ、セルゲイもきびきびと回答する。
だが、いつもは穴が開くほど相手を見据えて応答するセルゲイが、今日はそっぽを向いていた。決して、首を寝違えたわけではない。
見れば彼以外の司令室メンバーも、うつむいているか、ジョルジュへ背を向けていた。
セルゲイの答えにうなずきつつ、ジョルジュはその異様な光景を見渡していた。
その動きをつい横目で見てしまい、セルゲイは慌てて歯を食いしばった。同時に太ももをギュイッとつねり、こみ上げてくる激情を押し込む。
尋常ならざる雰囲気の原因は、ジョルジュの頭にあった。
きっかけは、結婚式で姪から渡されたプレゼントだったらしい。
ジョルジュの親族である彼女も、なかなかどうして性根がねじ曲がっているらしく、晴れの日を祝ってくれた叔父へいたずらを仕掛けていた。
それはあらかじめ魔術が施された、小さな箱だった。パーティー用のグッズとして流行しているその箱は、開けた人間へ魔術を発動する、という仕組みになっている。
構造がシンプルである分、効果は様々。声が甲高くなったり、豚鼻になったり、犬や猫の耳が生えてしまったり、等々。
だが効果は続いても数時間程度であり、その効果自体もほとんど無害と呼べるものばかりであるため、規制の対象とならず、若者たちを中心に愛されている商品だった。
しかしあいにく、ジョルジュの魔力はカエル以下しかない。
魔力がないということは、すなわち、魔術に対する抵抗力もないということ。
そして姪が選んだいたずらは、「髪をクリンクリンの巻き髪にする」魔術だった。
本来であれば、かつてのお貴族様のごときカールヘアーになる程度のものだが、そこは前述の通り。
クリンクリンを通り越し、ジョルジュの茶色い髪はチリチリに丸まっていた。
その様はまるで、東洋の神秘建造物・仏像である。
仏像頭を直視できるほど、部下たちはポーカーフェイスでない。マチルダも、皆に倣って必死に机上をにらんでいる。
「ところでマチルダ君」
部下たちの気遣いに気付いているのか、それとも気付いていてあえてちょっかいを出しているのか。
わざわざ立ち上がり、仏像頭を揺らしながらマチルダの隣に立つジョルジュ。努めて真顔を作り、わざとらしく腕を後ろで組みつつ、彼女を見つめる
「マチルダ君、本日の俺の予定を教えてほしいんだが」
「……はい、すぐにお持ちいたしま」
「いや、す・ぐ・に・知・り・た・い・の・だ・が」
言葉を区切りつつ、ゆっくり、ゆっくりと彼女へ顔を近づける。
ちらちら視界を横切る螺髪に耐え切れず、マチルダはとうとう上司を見上げた。
「ぶほぁっ!」
間髪入れずに、吹いた。
「ふごっ!」
他の部下たちも、つられ笑いで吹き出す。
ここからは雪崩が崩れるよりも早く、笑いのるつぼへと垂直落下である。
「だって……帰ってきたら……ブッ……パンチパーマーなんですものォッ……もっ……だ、だめぇッ!」
涙をこぼしながら、マチルダはけたけたと笑い転げた。
「何が駄目だと言うのだ! クソ共め、こっちを向けいッ! そして俺の目を見ろ! 真っ直ぐ見ろォォッ!」
もはやジョルジュもやっけぱちらしい。頭を前後左右に揺らしながら、見境なく部下たちを襲撃している。
彼は泣き笑いの顔だった。
それもそうだろう。昨日の結婚式からずっと、緩まることなくこの髪型なのだから。
たぶん、三日ぐらいはこのままです。




