魔法が解けた時
ユリは火の矢を火の精霊カーナに放った。
「本当、こざかしいわね!」
カーナはわずらわしそうに火の鞭で矢を破壊した。間髪いれず、橙色の精霊アクアは黒い炎を投げた。カーナはそれをぎりぎりでかわす。
「これはどう?」
アクアは手の平をカーナに向けると黒い炎を連続で打ち始めた。そしてユリはその動きを止めるため、火の矢をカーナに放った。カーナは火の矢を鞭で破壊しながら必死に黒い炎を避けた。魔法が効かないので逃げるしか道はなかった。
「くっつ」
カーナといえども絶え間なく放たれる黒い炎と、火の矢には苦戦をしていた。
「タカオ!」
黒い炎のひとつがカーナをかすりそうになり、カーナは思わずそう叫んだ。泣き言なんていいたくなかった。しかし、カーナはタカオ以外と契約するのは嫌だった。
タカオはカーナの声を聞くとケンジを睨んだまま、その側に駆け寄る。
武田係長……?
ケンジはそんなタカオの様子を訝しげに思った。
こんなあせった様子の武田係長がみたことがない。
それほどまでにこの火の精霊が大事なのか……
それとも上杉主任に似てるからか……
ケンジは疑問に思いながらもユリと橙色のアクアの元へ走る。
タカオは黒い炎を風の剣で切り破壊し、その後ろでカーナは火の力を両手にためていた。
「アタシの力、甘くみないでよね!」
カーナはアクアに向かって火の塊を放った。アクアは黒い炎でそれを簡単に消滅させる。
「加勢がきたからといって、今のワタシにかなうはずがないの」
アクアはそう言うとそれぞれの手に黒い炎と赤い炎を作り、同時に放った。
タカオが風の剣で黒い炎を真っ二つに切った。カーナは赤い炎を掴み、その体に吸収する。アクアは舌打ちをすると連打で黒と赤の炎を放ち始めた。
剣で黒い炎を切り消滅させるタカオが息を切らし始める。
奇跡の星のかけらを食べたアクアは疲れを知らないようだった。
ケンジとユリはただ動けなかった。嬉々として炎を放つアクアとそれを破壊するタカオ達の姿をただ見つめていた。
「タカオ!!」
タカオが破壊損ねた黒い炎がカーナを襲う。タカオは振り向くと、その黒い炎からカーナを守るようにその前に跳んだ。炎がカーナではなく、タカオに当たる。
タカオが黒い炎に包まれる。しかし魔法を解除するだけの炎なのでタカオが傷つくはずがなかった。
「!」
違和感を覚えた。
黒い炎に包まれた瞬間、心臓がどくんと跳ねた。そしてその後痛みがやってきた。頭痛がしてこれまでタカオが殺した人々の顔が頭に繰り返し浮かんでくる。
血を流し倒れるもの、炎によって焼かれたもの。
数え切れない者の顔が浮かび消えていった。
そして最後に血を吐きながら地面に倒れた少年の目がタカオを見つめた。その瞳には憎悪が浮かんでいた。
僕は生きたかった。
死にたくなかったんだ。
少年はタカオの脳裏にそう呼びかけた。
心臓に再び痛みが走る。
「武田……ずっと好きだった。この10年忘れられなかった」
脳裏でカナエの声がした。
タカオは混乱していた。戦いの場にいたはずなのに、今の自分は黒い空間に浮かんでいた。足元がなく、ただ浮かんでいるだった。
遠くにカナエの姿見えた。
それは長い黒髪の凜としたカナエの姿だった。
「上杉……!」
タカオはカナエの姿を追おうと手を伸ばすと、カナエの姿が炎に包まれた。
「永遠に眠ってもらうわ。カナエ」
カーナの声が聞こえた。
「武田……、武田!」
カナエの悲鳴のような声が聞こえた。タカオは声のした方向へ走ろうともがいた。そして急に転落する感覚に襲われた。
僕は……?私は……?
いったい何を?
黒い炎に包まれたタカオは苦しそうな表情を浮かべていた。心臓が痛いようでその胸あたりの服を掴んでいた。
「タカオ!タカオ!どうしたの?黒い炎は何も感じないはずよ」
カーナが呼びかけるとタカオをうっすらと目を開けた。
「カーナ……。君は上杉を殺したんだね?」
そう問うタカオにカーナは違和感を覚えた。
「何で、何でそう思うの?タカオ、どうしたの?」
黒い炎が消え、その場に立ってるタカオはふらふらと不安定だった。
「君が殺したんだね。上杉を……」
タカオはその瞳をカーナに向けた。その瞳はカーナが知るタカオではなかった。カナエを一途に思うタカオの目だった。
「なんで?心が戻ったの?そう、そうなのね。富の噴水は心を取り除いたわけじゃなかったね。心は最初からタカオの中にあった。ただ、魔法で封印されたいただけなのね……」
そう力なくつぶやくカーナにタカオは風の剣を握り、ゆっくりと近づいていく。
「やっぱりアタシじゃだめなのね。アタシじゃ!」
「もう何もない。僕には何もないんだ。カーナ。上杉だけが僕の希望だった。君はそれを壊してしまった。僕は君を殺す。そして今度こそ僕は死ぬ」
タカオは風の剣を両手で握るとカーナに向かって跳んだ。カーナはいつもの勝気な目を静かに閉じた。精霊が死ぬことはない。しかし、タカオの好きにさせてやりたかった。最初からわかっていた。自分は所詮身代わりだということは。
鈍い音がした。
タカオは驚いて自分の剣を止めたケンジを見た。
「山元くん?!」
「武田係長。まだ終わりじゃないです。奇跡の星を使い、失ったものの泉にいけば上杉主任も生き返るかもしれません。そしてあなたに殺された人も!」
ケンジの言葉を聞き、武田はその剣を下ろした。
「本当に可能なのか?」
「ケンジ!」
アクアの声が聞こえた。
「時間がないわ。ワタシの力が元に戻ってしまう。その前に決着を。精霊をこちらにすべてこちら側につけないと!」
橙色のアクアは焦った様子でそう言った。その色が薄くなっているのがわかった。
「武田係長。協力してくれますね?」
ケンジの問いにタカオはうなずき、その風の剣を握り締めた。
「たくさんの人を殺した。罪は償いようがない。でも僕はもう一度上杉に会いたいんだ。カーナ、フォン、行くよ!」
カーナは悲しげな表情を浮かべたが黙ってうなずいた。木の精霊レンと対峙していた風の精霊フォンは嬉しそうな顔をした後、レンをみた。レンは複雑な表情を浮かべてうなずいた。
橙色のアクアと黒のアクアが再びひとつになり、再び白の精霊となった。
タカオがケンジと戦う様子ではなく、視線をルドゥルに向けていることを奇妙に思いながらべノイは金の剣を構え、ルドゥルとルガーを睨んだ。