金の精霊フィーナ
「ウェルザ！マスター！？」
ナジブはウェルザがルドゥルの側にいるのに驚いた。しかもウェルザがルドゥルの怪我の手当てしており、驚きはさらに大きくなる。
「ナジブか……。小娘を追ってきたのか」
ルドゥルはナジブを一瞥してそう呟いた。
地響きがして地面が盛り上がり、光と共に男が現われた。それは土の精霊ルガーだった。ルガーはルドゥルの姿を確認した後、宙を凝視した。そして彼を守るように身構え、前方を見据えた。
二つの光が空から現われケンジ達が姿を現す。
「ウェルザ？！」
ケンジとユリ、そしてベノイはウェルザがルドゥルの側にいるのを見て驚きの声を上げた。
「おい、狐。お前やっぱり敵だったのか。魔族め。人質をとりやがって！」
ベノイは怒りを交えてそう言うと金の剣を構えた。
「やめて！」
ベノイの前にウェルザが飛び出す。
「この魔族は悪くないわ。ナジブも。私が勝手に来たの。もう戦わないで」
「ウェルザ……」
大きな瞳に涙をためてそう言うウェルザにベノイ、ケンジ、ユリは動きを止めた。
しかしルドゥルは皮肉な笑みを湛え、立ち上がる。そして目の前に立つウェルザの肩を掴み、後ろに控えるナジブに押しやった。
「人質なんていらぬ。お前らごときわしの力だけで十分だ」
ルドゥルの脇腹に巻いてある布から血がにじみ出る。無理をしているのは明らかで顔色が通常より青く見えた。
「だめよ。今戦うと死んでしまうわ」
ナジブはそう叫ぶウェルザを抱きしめた。
「もう止められないんだ。ウェルザ。君を巻き込むわけにはいかない」
ウェルザがルドゥルを止めようとナジブの腕の中でもがく。
「離して。あの傷では戦えない。死んでしまう」
しかしナジブはウェルザを抱きしめたまま離さなかった。
ルドゥルの側に光が飛んできて、それは人の姿をとった。木の精霊ディーアだった。
「不本意だろうが。わしに従ってもらうぞ。ディーア。お前はあの水の精霊の動きと止めろ」
ディーアはその言葉を聞くと大木の姿になり、アクアに枝を伸ばした。
「木。ワタシは風とは違うわ。遠慮なんかしないわ」
アクアは水の槍を作り出し、伸ばされた枝をばっさりと切った。
「その方がワタシにとっては助かります。水、ワタシの動きを止めて」
ディーアはそう言いながら、木の枝をその幹から無数に生やし、アクアに向けて伸ばした。
「ケンジ……。あの魔族、怪我をしてるわ。ウェルザはあの魔族の手当てをしていたみたいだけど……」
ユリは火の弓矢を構えながらケンジに話しかけた。ケンジは地面から伸びてきた木の根を切りながらユリの顔を見る。
「私たちは戦う相手を間違っているのではないかしら」
「それは……」
「そんなことないさ。奴は魔族だ。奴は魔族の仲間を呼びたがってるんだ」
とうの昔に世界が３つに分かれ、人々は神と精霊の世界と魔族の世界と共にひとつの世界として暮らしていた記憶をなくしていた。一般的に魔族は人間に害をなすものとして知られていた。べノイにとって魔族は邪悪なものでしかなかった。
「でも……」
「油断してるな。人間よ」
ルドゥルはケンジ達3人に向かって木の杖を向ける。
「ホンエン！」
杖から炎が発生し、3人を襲う。しかしそれをカリンが光の壁で防いだ。
「今だ！」
ルドゥルの声を合図にルガーの黒い炎がカリンを襲う。カリンが炎に包まれた。黒い炎の中でカリンの姿が変化する。金色の髪が長く伸び、均整のとれた美しい精霊の姿に戻る。
「フィーナ！お前にフィーナの名前を与える」
ルドゥルが間髪入れずそう叫ぶと金の精霊の姿が黒ではなく金色の光に包まれた。再び光から現われた姿は金色の短い巻き毛をもつ美少女だった。
「カリン……」
ベノイは悔しそうにつぶやいた。
「見てみて。面白いことになってるわ。金まで奪われたみたいよ」
上空で火の精霊カーナは楽しそうにそう言った。その声を聞きながらタカオはこの世界に来て感じことがなかった不安定な感情を覚えた。心がないはずなのに体の一部がきしむような感覚だった。
「タカオ？どうしたの？」
カーナの顔にカナエの顔を重なる。先ほど自分を呼んだカナエの声がまだ脳裏に残っている。タカオは夜が明けつつある東の空を見つめた。
「行くよ。あの魔族を殺して精霊をすべて奪うんだ」
空から視線を眼下に向けるとタカオはそう言った。胸の痛みがさらに強まった気がした。しかしタカオはその痛みを無視した。
