木の精霊ディーア
地下通路を抜けると、そこは無数の墓標がたつ墓地だった。
「ここ……は?」
「ここは魔族の墓地だ。マスターは最後の魔族の生き残りなんだ。ここを抜ければ森に出られる」
ウェルザがふと足を止めたのでナジブは訝しがった。
「どうした?」
「あの魔族は一人でずっとここにいたの?他の魔族はみんな人間に殺されたの?」
ウェルザは父親から土の精霊の石の話を聞いた時に、魔族の存在についても聞いたことがあった。今では存在しないと思われている魔族。生き残りがいたなんて思いもしなかった。
「そうだ。魔族は人間によって滅ぼされた。マスターは人間を毛嫌いしてる。憎んでいる。俺もウェルザに助けられるまで人間が大嫌いだった。」
「追ってきたのか」
ルドゥルはふいに現れたケンジ達を見ると驚く様子を見せず、ただ口を歪めて笑った。
「丁度いい。お前らの精霊はすべてわしが貰いうける」
「ウェルザはどこだ!?」
ケンジはルドゥルの言葉を無視して叫んだ。
「さあ、知らぬな。ルガーよ、お前の力を見せるがよい」
そう言うと土の精霊ルガーは無言でルドゥルを守るようにその前に立った。
「土。ひさしぶりね」
ルガーは水の精霊アクアにその黒い瞳を向けたが、何も言わず構えを取った。アクアはため息をつくと氷の槍を作り出し、木の精霊レンは木の姿に変化した。
「ベノイ、ウェルザを探して」
ケンジは視線をルドゥルに向けたままそう言った。その手には水の剣が握られている。
「ケンジ、今回は契約解除される恐れがある。お前一人だと危険だ」
「ウェルザのことが心配なんだ。お願い。たちっ、ユリもベノイについていって」
「ケンジ!」
ユリはケンジに抗議するようにその名を呼んだ。
「危ない!」
アクアがケンジの前に立ち、飛んできた土の塊を氷の槍で粉々に砕く。
「ベノイ、ユリ、ウェルザのことよろしく」
ケンジは床から伸びてきた木の根を避けて、そう言った。
「迷ってる暇はないようだな」
そう言いながらベノイは金の剣で、壁から飛んできたレンガを叩き切った。
「無理するなよ。ユリ、行くぜ」
ユリはケンジに心配そうな視線を向けたが、ベノイの言葉に頷いた。
「カリン、あの狐の気配を追えるか。多分、ウェルザはあの狐の野郎に捕まってるに違いない」
「なんでそんなことわかるのよ!」
ユリは飛んできた砂埃を着ているマントを使い振り払った。
「男の勘だ」
ベノイは金の剣を使い石の礫を払いながら、いたずらな笑みを浮かべた。
「カリン、追えるか?」
「ええ、すぐ近くですわ」
宙を見ていたカリンはそう答えた。
「狐のところへ飛んでくれ」
その言葉にカリンは頷くと光の球になった。
ユリはケンジの方を一度振り向いたが、決意を固め光に飛び込んだ。
光はベノイ達を包むと、大きく膨み消えた。
「ふん。わしも舐められたもんだな。精霊二人とは物足りぬ。わしの力とルガーの力、みせてやろう」
ルドゥルは忌々しそうに光が消えた場所を睨んだ後、ケンジ達に視線を戻した。
「いけ、ルガー!」
ウェルザとナジブの前に光が現れた。そして光から人が現れる。
「ウェルザ!」
ユリはウェルザの無事な姿をみるとほっとした表情を見せた。
「狐!」
ベノイはウェルザの側にいるナジブに金の剣を向けた。
「今度は俺が相手してやろう」
「待って!」
ウェルザはナジブを庇うようにその前に立つ。
「ウェルザ?」
「ナジブは悪くないの。私を助けようとしてくれてるの」
ウェルザは訝しがるユリとべノイにその大きな瞳を向けて言った。
地面から伸びた木の根が、ケンジを捕らえようとする。レンはその木を自らの枝で封じた。
「ワタシの力を使うのはやめてくれませんか!」
レンはその枝をルドゥルに伸ばす。しかしルガーが土の壁でそれを止め、右手に黒い炎を作り出した。
「レン!」
「木!」
ケンジとアクアが叫ぶと同時にその黒い炎がレンを襲った。レンの体、木になったレンの体が黒い炎に包まれる。
「レン!」
ケンジの目の前でレンが木から少女の姿に戻り、そして女性の姿になる。
「契約解除だ。木の精霊よ。わしの僕となるのだ。ディーア!」
間髪入れずルドゥルがそう叫ぶと、女性の姿になったレン、いや木の精霊ディーアが緑色の光に包まれた。そしてケンジの前に美しい緑色の巻き毛を持つ女性が現れた。
「ケンジ……。ごめんなさい。ワタシはもうレンではありません」
木の精霊ディーアはその緑色の目を悲しげに閉じた後、ルドゥルの方を向いた。
「こんなことが!」
フォンはふいに木の精霊の気の種類が変わったので驚いて立ち上がった。
「契約主が死んだのか?」
水の精霊アクアの気がそのままなので契約主のケンジが死んだとは思えなかった。
「何が起きてるんだ?」
フォンは眉をひそめて、宙を見上げた。