眠るカナエ
心がないはずなのに……。
体が先に動いていた。
沈んでいく上杉の体を掴んで抱いた時、その鼓動を感じてほっとした。
何も感じないはずなのに、
心をなくしたはずなのに。
なぜだ?
僕はまだ上杉にこんなにも執着している。
記憶とこの体に刻まれた上杉への思いのせいか……。
半壊した家から出て、タカオは空を見上げる。
夜空には少し欠けた月が寂しげに浮かんでいた。
「フォン……」
火の精霊カーナはカナエの着替えをすませた風の精霊フォンを呼んだ。
カナエは規則的な寝息をたてている。
フォンは機嫌悪そうにカーナを見る。
「アンタの予感は当たってるかもしれないわ。シランのほうで変な気配がしたわ。魔族……。そう魔族の気配だわ」
「魔族か……。そう言われてみればそうだな。まだ人間の世界に生き残りがいたのか……」
フォンは宙を睨んで気配を探りながらそうつぶやいた。
「魔族が土の精霊の石を狙ってるのかしら。まあ、精霊の力ひとつ手に入れたところで何にも意味ないと思うけど。しかも土でしょ?」
カーナは心配するだけ無駄というようにフォンにそう言うと、タカオの元へ飛んだ。
しかしフォンの表情は晴れなかった。何か嫌な予感、それも木の精霊レンに関して嫌な予感を覚えていた。
あきらめよう。
もう遅い。
いまさら何を言っても無駄だ。
所詮、あんたはまた傷つくのが嫌だっただけ。
女性だった頃のカナエが男性体のカナエにそう言った。
あの時も、母親の身代わりということに耐えられず、一方的に別れを切り出した。
好きなのに。
忘れられないくせに。
つらいでしょ?
もうあきらめようよ。
今の武田は前の武田とは違う。
十年前のことなんて、
あんたのことなんてとっくに忘れてるよ。
苦しいのは嫌だよね。
もうあきらめよう。
このまま静かに眠ろうよ。
ね?
女性体のカナエはそう言いながら、ひざを抱えて座る男性体のカナエを抱きしめた。
そうだ……
このまま眠ってしまおう。
もう起きて苦しむのは嫌だ。
眠ってしまおう……
男性体のカナエは女性体の自分に包まれて目を閉じた。