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南国の魔法  作者: ありま氷炎
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最後の魔族ルドゥル

「お父さん……」

「ウェルザ?」

 遅い時間に戻ったウェルドは、いつものように土の精霊の石を確認しようとして部屋に入った。しかしそこで、ふいに娘に話しかけられ驚く。

「石はそこにはないわ」

 娘――ウェルザは青白い顔で部屋の入り口に立っていた。

「お父さん、何も聞かないで私に呪文を解く魔法を教えて。お願い」

「ウェルザ。どういうことだ?」

 ウェルドは娘の言葉に眉を潜める。

「石を誰かに渡したのか?呪文は俺が判断した正しい者にしか教えられない。たとえ娘のお前にも教えることができない」

「お父さん、お願いだから。そんなこと言わないで教えて」

 父の言葉にウェルザはその胸を叩きながら懇願する。かすかに震えており、何かあったのだと想像できる。

「誰かに脅されたのか?サミーか?」

 ウェルドは娘の腕を掴み、その表情から何かを読み取ろうとした。揺れる瞳、怯えた様子が見て取れる。

「あの野郎。やはり石が目的だったか。心配ないぞ、ウェルザ。あの男など恐れることはない」

「そうじゃないの。お父さん。サミーは関係ないの。何も聞かず教えて」

 しかしウェルザは首を大きく左右に振り、ただ父に懇願し続けた。



「ケンジ」

 小さな、しかしはっきりした声がケンジを呼んだ。木の精霊レンは石から人体化している。

「妙な気配が近づいています。今日、感じだものと一緒です」

 ケンジは夢うつつで目が覚めたが、レンの言葉に顔を引き締めるとベッドから立ち上がり、水の剣を握る。

「お出ましのようだな」

 ベノイはいつもの綿のシャツを羽織ると腰を上げた。その横ですでに金の精霊カリンが人体化しており、気配に気を配っていた。

「戦いって奴かしら」

 楽しそうな声を発し、水の精霊アクアも石の姿から人体化し、一同は臨戦態勢に入った。



 夜の遅い時間、住民はみな深い眠りに落ちていた。日中は人通りが激しく賑やかな大通りなのだが、今は闇に包まれて動くものは何も見えなかった。

 ナジブはサミーに姿から人狐の姿になった。そしてゆっくりウェルザの家に向かって歩く。  

 こうやって二本足で歩くのに慣れてきた。マスターの闇の魔法により、ナジブはサミーの体と一体化していた。もとは普通の狐だった。


 ナジブは子供の頃にウェルザに命を救われた。それからずっとウェルザを見守り続けていた。

 しかしある日、サミーに襲われたウェルザを救おうとして無力な自分に気付かされた。

 力が欲しいと助けを求めるナジブに答えたのがマスターだった。

 力が欲しかった。だからマスターが何者なんて構わなかった。

 ナジブがただ、ウェルザをあの男から救いたかった。


 結果的に、ウェルザはサミーを殺したと思い込んでしまったが、ナジブはあの男を許せなかった。死んでいく男に同化するように促したのはマスターだった。ナジブはウェルザを守りたかった。サミーになれば守れると思ったが、間違いであることにすぐ気がついた。

 マスターの狙いはウェルザの一族が管理する、土の精霊の石だった。

 マスターと契約してしまったナジブは逆らうことができない。逆らえば、ナジブは死ぬ。死ぬのは怖くない。ただ自分が死ねば、マスターがウェルザに危害を加えることを止めることができない。

 だからナジブはマスターに従うしかなかった。



「ルドゥル。魔族の生き残りはお前だけだ。失ったものの泉を破壊し、魔族の世界とこの人間の世界を再び一つにするのだ。頼んだぞ」

 ルドゥルの父―ルガーは血に染まった手で幼いルドゥルの頬で撫でる。苦しそうにもがいた後、動かなくなった。

「父さん、父さん!」

 ルドゥルは父の胸に抱きついて呼んだが、父が再び目を開けることはなかった。

「いたぞ!あそこだ。子供はまだ生きてるぞ」

 そう声がして、手に斧や槍をもった男たちの姿が草むらの影から見えた。ルドゥルは父が持っていた木の杖を掴むと森の中に逃げ込んだ。

「追え!逃すな。殺せ!」


 男たちの怒声を聞きながらルドゥルは誓った。

 再び魔族をこの忌々しい人間の世界に、呼び戻し、人間どもを破滅させてやる。

 そのために俺は生き抜いてみせる、と。


 ルドゥルは血で汚れた木の杖を握り絞めると地面を叩いた。すると地面から草が伸び、追ってきた人間に巻きついた。

 ルドゥルは草に捕まった人間たちを睨みつけると走り去った。


 生き残りは俺だけだ。

 生き抜いてやる。


 男は閉じていた目を開く。

 何度も回想される場面。その度に父を、家族を殺された怒りを思い出し全身が震える。

 この怒りがあるおかげで男――ルドゥルは今まで一人で生きてこられた。

 祈願を達成する。

 人間への怒り、恨み、それらを晴らす時がこようとしていた。


 ルドゥルが椅子から立ち上り、その木の杖を掴む。

 蝋燭の明かりが男の姿を照らす。

 羽織っている茶色のコートを脱ぎ去るとその全身が露になった。

 長い金色の髪からとがった耳が姿を覗かせ、その頭上には魔族の印である角が生えていた。


 数百年前、バルーの行動に怒った神が人間の世界と神と精霊の世界を切り離した。そして同時に魔族の世界も人間の世界から切り離された。

 人間の世界に取り残された魔族はごくわずかだったが、人間によって殺されていき、現在残っている魔族はルドゥル唯一人だった。


「土の精霊の石を手に入れればすべての精霊の石を手に入れたのも同然だ」

ルドゥルはそう言うと木の杖を壁に向ける。

「ホンエン!」

 そう言うと杖から炎が発生し、壁に広がった。レンガの壁は火を寄せ付けなかったが、その周りにある木の机やベッドが赤く燃え上がった。



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