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南国の魔法  作者: ありま氷炎
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カナエが願ったのは?

「上杉!」

 タカオの声がし、目の前に風のボールが迫っていた。

 避けきれない!

 カナエはとっさに両肘を前にだし、自分を守るように構えた。風のボールによって体が吹き飛ばされ、宙を舞い、海の中に落ちる。

「上杉!」

 タカオは風の剣を床に投げ捨てると、半壊した家を飛び出し、カナエを追って海に飛び込んだ。



「カナエ!」

 人形のように細い腰で長い手足を持つ美しい肢体の女性が、カナエを呼ぶ。

「ジュディ!」

 カナエはその美女の顔を見て驚いた。それは大学時代に香港から交換留学で来ていたジュディ・チュアだった。ジュディとカナエは大勢とつるむことがなく、いつも一人で講義を聴いていた同士だったが、たまたま同じプロジェクトをすることになり、いつも間にか親友とも呼べるくらい仲良くなっていたのだ。

「香港に帰ってたんじゃなかったんだっけ?」

「そう。私、故郷でビジネス始めたのよ。でもスタッフが必要になって日本に探しにきたの。実家に電話したら東京でしょ?びっくりしたわ。ここで働いていたとはねぇ」

 ジュディは目の前に塔のようにそびえる高層ビルを見上げて言った。

「ここに来たら会えると思って待ち伏せしてたのよ」

 彼女は妖艶に笑うとカナエの腕に自分の腕を絡める。周りにいた人がぎょっとして彼女達に視線を向ける。

「ジュディ!」

 カナエの言葉にジュディは笑いながら腕を放した。

「ねぇ、話したいことがあるの。時間ある?」


 ジュディの話は簡単に言うとカナエを香港で雇いたいということだった。大学の同級生で気心も知れてるし、その頭のよさも知っているのでぜひ来てほしいとのことだった。

 カナエは1週間後に返事をすると言って別れた。


「ははは!」

 主任補佐の大山イサオが酔いで真っ赤になった顔で大笑いしていた。

 今日の会議でカナエの案と争い勝ったのだ。そして新プロジェクトはイサオが担当することが決まり、その夜宴会が開かれていた。

 通常ならカナエはこういうものは参加しないのだが、負けたからだと思われるのがしゃくで参加していた。

「上杉さ~ん。悔しい??僕が勝っちゃったんもんね。さすがの色気も今回は聞かなかったみたいですね。うまく、部長をたらしこんで地方から出てきたのに残念だったっすね~」

「!」

 カナエは頭にかっと血がのぼり、イサオの顔を殴り飛ばそうと拳を握り締めた。しかしそれよりも早く、大きな音が部屋に響き渡った。それは一升瓶を床に落とした音だった。

「すみませんねぇ。酔いすぎたみたいで落としてしまいましたよ。上杉、手伝ってくれない?」

 タカオは笑いながらそう言うと、大きな音でしんっとしていた会場で笑いがおこった。

「武田くんもそんなことがあるんだねぇ。酔いすぎると彼女に怒られるんじゃないか?」

「ユキコは部長の教育の賜物でよくできた子なので怒りませんよ~」

「教育の賜物って、私が悪いことを教えてるみたいじゃないか」

 部長の言葉に会場はまたどっと沸いた。

 その横でカナエは割れた一升瓶の破片を拾っていた。

 あぶなかった。あの音がしなかったら、確実に殴っていた。

「上杉?大丈夫?大山の言ったことは気にしないほうがいいよ。あいつ、ひがんでるだけだから。今回もあいつが課長に取り入ってうまくいったようなもんだからね」

 タカオは柔らかく笑うとカナエの肩にそっと触れ、再び宴会のほうへ戻っていく。

「あら、お客さん、あぶないですよ」

 女将が慌てて部屋に入ってきて、カナエが拾いかけている破片を受け取り、座敷に戻るように促した。

 カナエは座敷に戻りながらタカオが触れた肩に自分の手を乗せる。まだ温かい感触が残っているようだった。


「6月25日ですか?」

 秘書課の宮本ノゾミが華麗な手さばきでパソコンのキーボードを叩く。 まるでピアノを弾いているように見えるくらい優雅だった。

 秘書課の子はやっぱり女性として格が違うな……

 そんなことをカナエが思っているとノゾミはすこし眉をひそめ、カナエに耳元でささやいた。

「この日、武田係長と宮園ユキコさんの結婚式なんですよ。別の日にしていただけませんか?」

「そう……じゃあ、28日はどうですか」

 カナエは自分の顔色が変わっていないことを願いながらそう言葉を発した。

「その日は大丈夫ですよ。でも」

ノゾミはカナエに微笑みを見せた後、カナエにだけ聞こえるように言った。

「結婚式の日取りはまだ内緒にしててくださいね。知ってるのはまだごく一部ですので」


 カナエはその後どうやって総務部に帰ったか覚えていなかった。


「あれ、上杉。まだ残っていたの?」

 その夕方、部下のケンジが失敗した書類を片付けるために、カナエは残業をしていた。

「武田は?」

 そう普通に話せた自分に驚きながらカナエはタカオを見上げる。

「ちょっと部長と話し込んでてね。今から帰るところ」

「おめでとう。結婚式。日取り決まったみたいだな」

「え、あ。ありがとう。誰から聞いたの?」

「秘書課の子。課長のスケジュール確認したら聞かされた」

 カナエがそう答えると彼はぎこちなく笑い、視線を暗くなった窓の外に向けた。しかししばらくするといつも通りの笑顔を見せた。

「上杉が、上杉が男だったらよかったね。それなら大山なんかに何も言われないのに。あ、でも、それじゃ、僕が困るか。すぐに係長の座を奪われるかもね」

 茶目っ気たっぷりにそう言って、彼は思い出したように腕時計を見る。

「まずい。じゃ、上杉、明日ね」

 彼はカナエに手を振ると足早にエレベーターのほうへ駆けて行った。


 男か…

 そうだな。男なら男女の仲にならず、ずっと一緒にいられたかもしれない。

 そして今のように苦しむこともなかったかもしれない。


 カナエはその日、辞表を書いた。

 そして社員旅行が終わった翌日に提出するため、そっと机の引き出しにいれた。


 ――あの時、あの噴水の前で


「さあ、願いを……」


 ガイド――銀の精霊にそう言われたとき、カナエはタカオの言葉を思い出した。


 そして、男になりたいと願った。


 男になって、誰にも邪魔されることなく、タカオのそばにいたいと願った。



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