魔族
「武田……」
カナエは海を眺めている、かつて恋人を呼ぶ。
「何?」
男は視線を女に向けた。その表情から何も読み取ることはできない。
「なあ、教えてくれないか?なんで心を失うように願ったんだ?」
カナエの問いに男は目を猫のように細くした後、やわらかく笑った。
「忘れちゃった。そんなこと、どうでもいいじゃない?僕は今すごく楽しいんだ。上杉も男になりたいなんて馬鹿なこと願わず、僕のように心を失うことを願えばよかったのに」
「武田!」
カナエは責めるように男の名を呼ぶ。
「じゃあさ。今度は僕が聞くけど。なんで上杉は男になりたいって願ったの?」
タカオはカナエに近づき、耳元に囁くようにして尋ねる。
「それは……」
「タカオ!」
女が口を開こうとすると火の精霊が家の入り口に立っていた。その表情は鬼のように険しく、全体から立ち上る炎が赤く燃え立っている。
「カーナ」
精霊の契約主は苦笑するとカナエの側を通り抜けて、カーナの元に近づく。そしてその唇に自分の唇を重ね、自分を見つめる女にいつものように猫のような笑みを見せた。それから男はカーナを連れて家の中に戻った。
「まったく……」
それと入れ代わりに風の精霊が家から出てきた。
「他人の情事を見るような下品な趣味はないんだが……。本当契約なんて馬鹿らしい。契約主に縛られるなんて糞くらえだ」
フォンは忌々しそうにそう言うと、カナエの存在を無視して海岸沿いに座りこむ。女は家の方を一瞬目を細めて見たが、溜息をつくと視線を海へ戻した。
海は嵐が近づいているのか沖合いのほうでは白波が立っており、空には黒い雲が立ちこめていた。
「これが土の精霊の石ね」
ウェルザは、父が用事で外出し母が店に出ている隙を見て、奥の部屋に入り込んだ。そして石の入った小箱を取り出す。息を顰めながら箱を開ける。
「きれい……」
娘は箱の中で黒曜石のような黒光りする石を取り出すとつぶやいた。
「でもこれが本当に精霊の石なのかしら??」
精霊の石について、小さいころから聞かされたことがあったが、実際に石の精霊を見たことがなかった。石の管理者は代々その子供に受け継がれるが、管理者になるまでは精霊の姿をそのものに見せないことになっていた。
「精霊よ……、出て来い」
ウェルザがそうつぶやくが、石はただ黒く光っているだけだった。
「まあ、いいわ。サミーは石を見たいって言っていただけだし」
溜息をつくと娘は箱から石を取り出し、ポケットに入れる。
「今夜はどうやって抜け出そうかしら……?」
小箱を元の位置に戻し2階の自分の部屋へ戻りながら、ウェルザは今夜開かれるサミーのパーティにどうやって参加しようか、作戦を練っていた。
「信じられないわ!」
ケンジの話を聞いて最初に口を開いたのはユリだった。
「親だからって人の恋路を邪魔するのは許せないわ!」
「でもよ。サミーのいる店に行ったら変なやつがいたんだろう?怪しくないか?」
三人の中で一番年長の男は怒りを顕にするユリを見ながらそう言った。
「それはそうだけど……」
「まっ、とりあえず、二人はまだウェルザを見てないよね?ウェルドの家に行って様子を見て、それから決めようよ」
ケンジがそう言うと二人は頷く。
「じゃあ、アクア、よろしく!」
いつの間にかリーダーのようになってしまった男は、いつものように水の精霊に声をかけると、ふとその横で表情を硬くしてる木の精霊が気になった。
「レン?どうしたの?」
「この街に入ってずっと変な感じがしてます。誰かがワタシの力の一部を使ってるような……」
「それってどういうこと?」
ケンジの問いにレンは顔を上げた。
「多分、木の杖を誰かに使われています。人間ではない、魔族かもしれません」
「魔族?それって人間の敵だよね?」
「はい。敵というならば敵……。魔族は人間を憎んでますから……」
レンのつぶやきにケンジ達はふと、あの目つきのおかしな若者達の姿を浮かべた。
魔族っていったら、あのよく人間を支配するとか言っているやつらだよな。
魔族なんてこの世界にいたのか。
「まあ。魔族は危険だが、どっちにしても今は土の精霊の石が先だ。ケンジ、先を急ごうぜ」
ベノイの言葉にうなずき、ケンジは水の精霊を見つめた。アクアはいつものように液体になるとケンジとユリの姿を包んだ。その横でレンが光に変化する。
「ベノイ、準備はよろしいですか」
金の精霊はそう声をかけるとまぶしい光の玉になり、ベノイを包む。
3つの光は輝きを増し、ひとつになると消えた。
誰もいなくなった店には再び静寂が訪れた。