石を譲り渡す条件
「じゃあ、母さん。行ってくるぜ」
ベノイはそう言ってベッドで横になっているダリンの頬にキスをした。
その隣ではナトゥが笑顔で椅子に座っていた。
「私のことは心配するな。」
「そうじゃ。わしがしっかりダリンを見ているからな。ケンジとカナエを助けてやるのじゃ」
ダリンとナトゥの言葉にベノイは微笑むと神殿を後にした。
神殿の外には着替えを済ませ、さっぱりした様子の橘ユリが待っていた。
「待たせたな。さあ、行こうぜ。」
ベノイはそう言いながら黄金の石をポケットから取り出した。
「カリン、悪いが、ケンジのところまで行ってくれ」
その言葉を聞くと、金の精霊カリンは石から人体化し、その体を光に変えて、二人を包んだ。そして、光は球体になり浮かび、空に消えた。
「明日の夜までに石が集まらないとアタシがアンタを殺すから」
火の精霊カーナは食卓に座るカナエを睨みつけてそう言った。その目の前に座っているタカオは静かにスープをスプーンですくって飲んでいる。
「タカオ、いいでしょ?」
カーナはタカオの首に抱きついておねだりするように聞く。
「いいよ。好きにしても」
タカオがそう答えるとカーナは嬉しそうな微笑みを浮かべた
カナエは無言だった。
ただ自分に似たカーナがタカオにまとわりつくのを不思議な思いで見つめていた。
「あーあ、くだらない。オレは退屈だ」
風の精霊フォンがあくびをしながらそうつぶやく。カーナはタカオから離れるとフォンを睨みつけた。
カナエはふとスープを飲む手を休め、窓の外を見た。潮の香りが漂ってきて、海の近くであることを再度実感する。
そんなカナエの様子をタカオはじっと見つめた。
「石を渡してもいいが条件がある」
ウェルドは石の入った小箱をもとの位置にもどしながら言った。
「どんな条件ですか」
ケンジが緊張した面持ちでそう尋ねる。
ウェルドはケンジを見つめた後、口を開いた。
「俺の娘のウェルザの目を覚めさせてほしい」
ウェルドの条件とは娘のウェルザをナンパなキザ男サミーと別れさせるということだった。
あまりの予想外の条件にケンジは唖然とした。しかしウェルドの顔を真剣そのものだった。
「俺やキャランがいくら止めてもきかないんだ。あのサミーはどうしようもない奴だ。今のうちの別れさせないと大変なことになる」
ウェルドとキャランに見送られ、ケンジは店を出た。予想外の事態だった。
人の恋路の邪魔か……
どうしたらいんだろう……
ケンジはため息をつくと歩き出した。
「サミー!」
ウェルザはその長い黒髪をなびかせてサミーの胸に飛び込んだ。サミーの周りの同じくらいの年頃の少年たちがにやけた顔でその様子をみていた。
「ウェルザ。外に出よう」
サミーはウェルザを抱きしめると店の外にウェルザを連れ出した。
「今日も家を出てくるの大変だったの!!」
ウェルザはサミーのハンカチが置かれた石の上に座るとそう言った。サミーはその言葉を笑顔で聞いていた。
「それで、土の石の話は聞けた?」
「ううん」
ウェルザを首を横に振ってそう答えた。サミーはウェルザの頭を優しく撫でた。
「明日でも聞いてみてね。その石見てみたいんだ」
「うん、わかったわ」
ウェルザは3つ年上のハンサムで背の高いサミーが自分の彼氏であることが嬉しかった。告白された時、心臓がどきどきしたのを覚えている。たくさんの女の子の中から自分を選んでくれたということがいまだに信じられない。でもこんな風に優しく触れられると自分がサミーの彼女だということを実感できてほっとした。
「お腹すかない?何か食べにいこうか?」
「うん」
ウェルザはサミーの腕を掴むと歩き出した。