カナエの思い出
「カナエ……。そろそろ結婚しないか?」
夕食のために一緒に入ったレストランで松山シンスケはその黒い瞳を上杉カナエに向けた。
カナエは手に持っていたフォークを皿に置いてシンスケを見つめ返した。
シンスケと正式に付き合い始めて2年がたとうとしていた。
カナエの両親はその年齢も考え、結婚をさせようとしていた。
シンスケも結婚を意識する発言をすることが多く、今日初めて直接聞かれた。
しかしカナエは返事できなかった。
「武田……、武田のせいか?」
シンスケの言葉にカナエがぎくりとする。それを見てシンスケがため息をついた。
「ずっと、そうじゃないかと思っていた。高校の時、何かあったんだろう?」
シンスケがその瞳に影を落としてそう言った。
「ごめん……」
カナエはただそう呟いてうつむいた。
帰り道の電車の中で、カナエはずっと後悔していた。
シンスケと付き合うべきじゃなかった。
「カナエちゃん、元気?東京はどうだい??そうだ、松山くんと今日はデートだったんだろう?それで……」
留守電には母からの中途半端なメッセージが入っていた。
カナエの年齢的に母が結婚させようと焦っているようだった。
話すたびにシンスケとのことを聞いてくるのでカナエはうんざりしていた。
最近は電話もしないようにしていた。
東京に来て、タカオと再会して1年が過ぎようとしていた。
シンスケは仕事の関係上、東京にいることが多く、週に2、3回は会うことが多かった。
以前から気づいていたシンスケの望み。
結婚……
子供か……
考えたこともない。
一人でいたい。
ふいにタカオの顔が浮かんだ。その横には婚約者の宮園部長の娘の顔がある。
女性らしい姿で、タカオとはお似合いだった。
目が覚めると、不機嫌そうな顔が見えた。
自分によく似た顔……それが火の精霊カーナだと気づくのに時間はかからなかった。
カーナはカナエが目覚めたのをみて、睨みつけると部屋を出て行った。
壁にもたれかかり風の精霊フォンは興味深そうにカーナの動きとカナエの顔を見ていた。
「上杉。起きたの?」
しばらくしてタカオが部屋に入ってきた。
「外をみて」
タカオがカナエの腕を引いて部屋の外に連れ出した。
部屋を出るとそこは外で、目の前に広大な海が広がっていた。
タカオはカナエの腕を放すと何も言わず海を見つめた。カナエもその横で海を見つめる。
カーナは苛立ちを隠さず、その後ろにいた。
そう言えば、あの日……
別れを切り出す前、武田は海に行きたいと言っていたな。
そんな遠い過去のことをカナエは思い出した。
しかしカナエの横にいるタカオはあの時のタカオではない。
カナエはただその横で海をぼんやりを見ることしかできなかった。
すぐそばにいるはずのタカオが遠くに感じられた。