再び銀の精霊
ベノイは金の剣を両手で握った。首を刎ねるのが一番早くて痛みの感じない殺し方だとベノイは思った。
この王のゲームのせいでエンが死に、メイは母を失った。
その怒りの感情のまま、剣を振れば簡単にセンリャンを殺せる。ベノイは握った剣を振り上げた。
橘ユリは顔をそむけ、金の精霊カリンはただ静かにセンリャンを見つめていた。
振り下ろした瞬間、ベノイは目の前に黄金色の何かが舞うのを見た。ベノイは剣を止めた。
しかし間に合わず、剣は黄金の鳥の体をかすっていた。
血が飛び散る。
「ジン、ジン!」
センリャンは黄金の鳥の体を抱きしめた。
「貴方が死ぬことはないのです。こんな私のために。貴方は9年もの間、私の側にいてくれました。もう自由になっていいのですよ」
センリャンは血を流し続ける鳥に向かってそう優しく語りかけた。
すると鳥が笑ったように見えた。そしてその体が光を放った。
「?!」
次の瞬間、センリャンは腕に中にいる血まみれの女性を見て目を見開いた。それは9年前にいなくなったジンだった。金色の髪に青い瞳、センリャンの愛しいジンだった。
「セン……リャン。ごめん。あたし、どうしてもエンに幸せ……になって欲しかったんだ‥。だか…ら、エンのかわりにセンガンの側室になろう…と思ったん…だ。でも、それはあんたを傷つけた……」
ジンはセンリャンの顔に触れながらそう言った。口から血が溢れだす。
「ジン!ベノイ、お願いです。金の精霊様の力を使ってジンを癒してください」
ベノイはセンリャンの焦った声に戸惑いながらも、ふいに現れた目の前に女性を見殺しにするわけにはいかなかった。
「カリン、その女性の傷を癒すことができるか?」
カリンはベノイの言葉にうなずくとジンの体に触れた。ジンの傷がみるみるうちに癒えていくのがわかった。
「センリャン……」
「ジン!」
センリャンは腕の中のジンを強く抱きしめた。
「弟も嫌なことを考えますわね。死に際に魔法が解けるようにしていたわけですね」
カリンは珍しく眉をひそめながらそうつぶやいた。
「どういうことだ?」
ベノイとジンは状況をつかめずカリンを見た。
「今ならお話できますわ。9年前のあの日、センリャンが兄のセンガンによって殺された日、わたくしの弟、銀の精霊の力によってセンリャンはよみがえったのです。しかしながらその代わりにジンを鳥の姿にしたのですが……」
「よみがえる?!」
ユリはカリンの言葉の途中で口をはさんだ。
「ごめんなさい。よみがえるということはエンさんも生き返れるということ?!」
「弟に頼めば可能かも知れませんが……その代償に誰かの命を奪う必要があります」
ユリは息を呑んだ。そしてベノイを見た。ベノイも同じ思いらしく口を閉ざした。
「私が代わりに命をささげましょう。私はもう死んだようなものですし。元とは言えば私のためにエンは死んだのですから」
「センリャン、あたしが代わりに死ぬよ。だって、あたしはあの時、死ぬべきだったんだ。今回も鳥の姿でエンの死をただ見つめることしかできなかった。」
二人のやり取りにカリンは微笑んだ。
「銀よ、聞いていますか。銀よ」
天井に向かってカリンがそう言うと、光がふいに現れた。
そしてその光は人の形をとった。
「姉君、そして皆様こんばんは」
銀の精霊は感情のない銀色の瞳をベノイ達に向けた。
「先ほどの話、聞いてましたね。エンという女性を生き返らせることはできますか?」
「可能です。でも誰の命を代わりにいただけますか?」
銀の精霊は目を細くしてカリンを見つめてそう言った。
「銀……。特例を作ることもできるはずです。あなたなら」
カリンは銀の精霊を見つめ返し微笑んだ。
「はあ。姉君。私を困らせないでください。神に罰をうけるのは私なのですよ。」
「銀……」
銀の精霊はカリンの微笑みにため息をついた。
「わかりました。今回は特例です。しかし、姉君。神に後で説明していただきますからね」
銀の精霊がぶつぶつと小さな声でつぶやいた。すると光が現れ、街の方へ飛んで行った。
「これでエンという女性は生き返りました。私は帰りますね。これ以上ここにいたら神に罰を受けますから。それでは姉君、皆様。また再会できるのを楽しみにしていますよ」
銀の精霊はそう言うと空気のようにその場から消えた。