センリャンの過去
「いたっつ!あんたどこ見て歩いてるんだよ」
目の前の美しい女は、その姿からはとても想像できない口調で、センリャンを怒鳴った。
「あんた、どっかのぼんぼんだろう?ぶつかっといて、ごめんのひとつも言えないのか?」
女はその金色の髪を掻き揚げながら、青い瞳でセンリャンを見つめた。
「す、すみません」
センリャンはやっとそれだけ言うと女に手を差し出した。女はセンリャンの手を掴むと立ち上がった。女の身なりからして商売女ということがわかった。しかしその金色の巻き毛はどこかの姫君のような雰囲気を醸し出していた。
女は見られるのに慣れてるのだろう、鼻を鳴らすといつまでも自分の手を離さないセンリャンの手を振り払った。
「ジン。またあなたは、人様に喧嘩を売ってるのね!」
落ち着いた声がしてこれまた金色の髪を持つ美女が現われた。しかしその瞳は緑色でジンのことをしかるような目つきをしていた。
「ごめんなさい。この子ったら。いつもこうなんです。お怪我はありませんでしたか?」
緑色の瞳をもつ美女がその顔色を曇らせてセンリャンにたずねた。センリャンの服装をみて貴族か何かと判断したんだろう、その瞳にはおびえのような色が見えた。
「エン、あやまる必要なんてないよ。こいつが悪いんだ。道端でぼーとしてるから」
ジンが子供のように口を尖らして抗議するが、エンがジンの頭を抑えてセンリャンに無理やり頭を下げさせた。
「もう2度とこんな失礼なことはしませんので。どうかお許しを」
不満そうなジンを叱ってエンはそう言う。その様子にセンリャンはおかしくなって笑った。
「大丈夫です。気にしてませんから。それより、私はホンダンというお店を探してるのですが教えていただけませんか?」
センリャンの言葉にエンとジンが顔を見合わせた。それはエンとジンが働いてる娼館の名前だった。
「あんたも客か?いいよ。連れて行ってやる。でもあたしは安くないからね」
ジンはふふんと不敵に笑る。その笑顔が美しくセンリャンは見とれずにはいられなかった。
「陛下、陛下」
近衛兵の呼び声でセンリャンははっと我に返った。どうでもいい昔のことを思い出していたらしい。
「どうしたのですか?入ってください」
いつものように王の威厳がない口調でセンリャンがそう言うと近衛兵が部屋に入ってきた。
「陛下。街の中心のリニーという酒場で精霊を思われるものが暴れており、酒場がほぼ全壊した模様です。どういたしましょうか?」
近衛兵の言葉にセンリャンは微笑んだ。
「普通の人間が精霊に太刀打ちできないのは、貴方も十分わかってるでしょう。ほっときなさい。しかし 近隣の住民を避難させてくださいね。よろしくお願いします」
「はっ、わかりました」
近衛兵はそう言うとセンリャンに一礼して部屋を出た。
「そろそろ決着がつきますか……」
センリャンは黄金の玉座から立ち上がると金の精霊の石が置いてある奥の部屋に向かった。
トンは大の男たちが急ぎ足で前から走ってくるのを見て、嫌な予感を感じていた。
「あれは最近世界で暴れまわっている火の精霊だと思うぜ。クランやジャランの村では村人が皆殺しだったみたいだからな」
トンは、一人の男がそう別の男に話してるを聞いて、足を止める。黄金の鳥を届けたところで、自分の命が保証される約束はない。しかも相手は精霊ときた。鳥とメイを売って、この街からずらかったほうがいいかもしれない。
トンはそう決めると元来た道を戻ろうとした。しかし、自分に近づく男をみて表情を固まらせた。男の顔は殴られて赤く腫れており、体にはいくつか切り傷が見えた。腕の中のメイが男を見て暴れ始める。
「トン……、メイを返してもらうぞ」
男ーーヤップは肩で息をしながらそう言った。その手には血で赤く染まったナイフが握られていた。
「ん……ああ」
トンは自分の口の中が乾くのがわかった。トン自身ケンカが強いわけじゃなかった。トンは黄金の鳥とジンを天秤にかけ、一瞬で自分の得を計算すると、メイから鳥を奪い、その体をヤップに向けて投げつけた。
「メイ!」
ヤップは慌ててメイを抱きとめた。金色の髪がヤップの顔を撫でる。ヤップはエンを思い、メイを抱きしめた。
トンはそんなヤップを置いて、鳥を抱え逃げ出した。
「待つんだな!」
しかしばっとトンの目の前にベノイが飛び出る。その後ろには火の弓矢を構えたユリがいた。ベノイは表情の凍りついたトンから鳥を奪うとユリに渡した。
「さっきのお礼とエンの仇とらせてもらうぜ!」
ベノイは金の剣を握り、振り上げた。
「た、助けてくれ!」
トンがそう懇願するが、ベノイはそのまま振り下ろした。鈍い音がしてトンが倒れた。しかし血は流れていない。当たる瞬間、ベノイは剣の方向を変え、柄の部分でトンを叩いのだった。
「許せないが、俺は人殺しじゃないからな」