酒に溺れる男ヤップ
「おい、ヤップ。別嬪のかみさん置いてこんなとこにいていいのかよ」
顔を真っ赤にして酒を浴びるようにして飲んでいるヤップに、元同僚のトンが下卑た笑みを浮かべながら近づく。
ヤップはトンを無視して、酒の入っているカップを再度煽った。
「まあ、しょうがないよな。昔の客を家に連れ込んでいたりして、お前も居場所がないかもな」
トンはヤップの肩を軽く叩くと笑いながら別のテーブルのほうへ歩いていった。
ヤップはトンの背中を見ながら酒の入った瓶を掴み、カップに入れることなくそのまま口に含んだ。
娼婦を妻にしたということで、ヤップは結婚してから同僚などにからかわれ始めた。ヤップの両親はエンと会おうともしなかった。
そんなある日家に帰ると男がいた。問いただしてみると昔の友達ということだったが、ヤップは信じられなかった。エンが自分に黙って男と会っていると思った。娘のメイが生まれたがエンにそっくりで自分の子供とは思えなかった。
エンが信じられなかった。
エンへの不信、同僚からの蔑みのような言葉、ヤップは仕事を辞め酒に浸るようになった。娘メイも自分の子供とは思えず冷たくあしらった。
それでも別れられないのはエンへの思いがあったからだった。
エンは変わっていくヤップを悲しそうに見ていたが以前と変わらず優しかった。ヤップはそのことで余計自分が嫌になり酒におぼれていった。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
ベノイはそう言って抱いていたメイを地面にそっと降ろした。メイは状況がわからずその大きな緑色の目をベノイに向け、エンはユリにお礼を言いながらも訝しげに二人を見ていた。
「心配ないぜ。俺らは悪い奴じゃないからさ」
母子の不安を吹き飛ばすようにベノイが笑う。
「その黄金の鳥にちょっと用があるんだけど。お嬢さん、お兄さんに貸してくれないかな?」
ベノイはメイの視線に合わせるようにしゃがみこんで聞いた。メイはべノイの額の傷をみたりして少し考えた後、そっとベノイに黄金の鳥ージンを渡す。
「ふうん。確かにきれいだな。さすがにこの世に一つしかない鳥だな」
「でもなんでこの鳥に固執するのかしら?王様ならもっと別のものを飼えそうだけど……」
ユリがジンを見ながら不思議そうにつぶやいた。
「王様??あなた方は宮殿に行くのですか?」
「ああ。なんでも王様がこの鳥を探しててな。宮殿を逃げ出したらしいぜ」
ベノイはエンの緑色の目を見つめながら答える。
「そうですか……でもどうして精霊が??」
「話せば長くなるが、お嬢さんの大事な鳥を預かるんだ。話した方がいいだろう」
そう言ってベノイはエンに話し始めた。
風の精霊フォンは木の精霊レンの攻撃を避けながら隙を見ていた。
レンの契約主であるケンジに隙ができるのを待っていた。
そしてその時はやってきた。
水の精霊アクアは氷の槍で火の精霊カーナの火の鞭を封じていた。カーナは鞭を掴んでいない手でケンジに向かって火の塊を放った。ケンジは火の塊に神経を集中し、水の剣を構えていた。
「そこだ!」
フォンは火の塊がケンジを襲う瞬間をねらって、小さな竜巻を発生させケンジの死角に放った。
「ケンジ!」
火の塊を粉砕して安心してるケンジに竜巻が襲いかかった。ケンジの体は吹き飛ばされ、街路樹にぶつかりそうになる。しかしレンの力により街路樹が守るようにケンジの体を受け止め無傷ですんだ。
「風、ケンジを殺す気だったわね」
怒りまじりの冷たいレンの声だった。フォンはケンジを殺して契約を解き、レンを自由にしようと考えていた。しかしフォンは不意打ちをしたことでレンを余計怒らせたことに気がついた。
「本当に許さないわ!」
レンは木の枝を蔦のように変化させるとフォンに向かって振り下ろした。フォンは悲しげに微笑むと雨のように降り注ぐ攻撃を避け始めた。
「無駄だね」
武田タカオはそう呟いて剣を鞘におさめた。カーナはケンジ達の連携した攻撃に苦戦しており、フォンは怒り狂ったレンの攻撃を避けるので精いっぱいだった。
「目的のものが逃げた今、戦い続けるのは無意味だね。カーナ、フォン。ひとまず退散するよ」
タカオの言葉にカーナは悔しそうにアクアと見つめたが素直に従った。そしてタカオに抱きつくと火の塊になり宙に消えた。
フォンは悲しげな瞳をレンに向けた後、何もいわずカーナを追って風と共に消えた。