金色の鳥と少女メイ
「馬鹿か、お前は!そんな鳥拾ってきやがって!」
小さな家の居間で男の怒声が響いた。今にでもメイを殴りそうなこの男はメイの実の父親だった。
「ごめんなさい。私がいいと言ったの。怪我が治るまで家に置かせて。お願いよ」
母エンがメイの前に立ち、泣きそうな声で旦那のヤップに懇願する。ヤップは舌打ちするとエンが抱える財布を奪った。そして中からコインを数枚取ると、ほとんど中身のない財布をエンに投げ返した。
「俺が帰ってくるまでにその汚い鳥を捨てておくんだな!」
そう二人に怒鳴りつけるとヤップは家を出て行った。
この男、ヤップはエンと結婚するまでは堅気な男だった。娼館の売れっ子だったエンに一目ぼれをして、大金を貯めて貰い受けた。しかし、娘メイが生まれしばらくしてヤップは人が変わったように働かなくなり、エンにまた客取りをするように言うまでになってしまった。しかしエンは娼婦に戻るつもりはなく、日中は宿で給仕として働き、夜は内職をしてどうにか日々暮らしていた。
「お母さん……」
「メイ。ごめんね。鳥さんの怪我の手当てしたら元の場所へ戻しにいこうね」
エンはそう言ってメイを抱きしめた。
センリャンはカップが散乱し散らかった部屋の中で一人たたずんでいた。給仕たちはお茶を出した後、おびえて部屋を逃げだし、物音がした後もこの部屋に戻って来るものはいなかった。
宮殿には王の命令は聞くが、王を本当に心配するものは誰もいなかった。
「ナジャル」
センリャンがそうつぶやくと黄金の石が光り、美しい女性が現れた。
「ゲームが始まったようですわね」
美しい女性―金の精霊がそう静かに言った。
センリャンはその金の精霊を何も言わずただ見つめていた。
「勝者は誰になるかしら?やはりタカオ達かしら?」
金の精霊は自分を見つめるセンリャンに笑いかけた。
その瞳に映っているのは自分ではなく、彼のかつての恋人の姿であるということを金の精霊は知っていた。
センリャンを裏切り、センリャンを変えた女性。
金色の髪に、青い眼を持ち、目の色以外は金の精霊と瓜二つであった女性。
「センリャン?」
金の精霊の視線に気づいたのか、センリャンは笑いかけた。
「あの調子ではタカオ達でしょうね。ケンジ達は人間の本質というものをわかってませんから」
センリャンはそう答えると窓の外を見た。
窓の外に見える空はオレンジ色の光を放っており、もうすぐ日が暮れることを示していた。
「ごめんね。鳥さん」
メイはそう言って包帯を巻いた鳥―ジンを街路樹の側に放した。鳥はメイによってきれいに洗われ、その姿は元の黄金色にもどっていた。
「ほら、早くお逃げ。そんなきれいな色ならだれか悪い人に捕まってしまうわ」
エンは美しい黄金色の鳥にそう話しかけた。黄金の羽根に青い瞳、それはかつての親友の姿を思い出させた。宮殿にあがった美しい親友。宮殿に上がってからまったく連絡を取ることがなくなったが、きっと幸せに暮らしているんだろう。
黄金の鳥―ジンはメイとリンと離れたくないのか、二人をその青い瞳で見つめたまま、どこにも行こうともしなかった。
「メイ、戻るわよ。お父さんが帰るまでに家に戻らないと大変なことになるの。その子はきっと大丈夫だから」
エンがそう言って家に戻ろうとするがメイはじっとジンを見つめ動こうとしなかった。
「メイ!」
しびれを切らして、メイの手を引っ張った時、突然頭上に火の塊が現れた。
目を凝らして見ているとそれは徐々に人の形を取っていった。
「こんにちは」
火の塊から現れた武田タカオは穏やかな笑顔をメイとエンに見せた。しかし、二人はその隣の火の精霊カーナの真っ赤な姿を見て、人ではないと悟り顔を強張らせる。
「失礼ね。このアタシを化け物みたいにみちゃって」
カーナは気分を壊したのか二人を刺すように睨みつけた。メイはカーナの視線におびえて黄金の鳥ジンをその小さな腕に抱きしめた。
「カーナ、オマエは穏便という言葉を知らないのか」
フォンがあきれた声を出しながら現れた。
再び宙から現れた人でない者を見て、二人はさらに顔を引きつらせる。
「ほら、アンタも怖がられてるじゃない。所詮精霊は人とは相いれないの。もちろん、タカオは別だけど」
カーナはそう言ってタカオにじゃれるように抱きついた。
「さあて。僕にその鳥渡してもらえないかな?おとなしく渡してくれたら僕は何もしないよ」
タカオはにっこり笑った。メイはタカオを青ざめた顔を見ながらも首を縦に振らなかった。エンはそんなメイをぎゅっと抱きしめる。
「タカオ、面倒だから。殺しちゃいましょ。用は鳥が生きてればいればいいんだし」
カーナはそう言って火の鞭を作り上げた。
「それなら鳥も焼けてしまうだろう。どけ。オレがやる」
フォンの言葉にカーナは苛立ちながらも様子を見ることにした。フォンは手の平を空に向けた。手の周りに綿菓子のように風が巻きついていく。フォンは風で二人をうまく吹き飛ばそうとしていた。ある程度風の綿菓子ができ、フォンは二人を見つめた。見たこともないものに二人は恐怖を感じていたが、足がすくんで動けなかった。