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南国の魔法  作者: ありま氷炎
金と銀
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タカオが願ったのは?

 再び意識を失ったタカオはベッドの上で苦しそうに目を閉じ、時々痛みのためか苦しそうな声をあげていた。

 火の精霊カーナはそれを心配げに見つめていた。


 あの日、僕はただ去っていく上杉の背中をみていた。

 止められなかった。


 数日後、上杉は空手部をやめた。3年になっていたので、クラスが異なり、ほとんど会うこともなかった。

 また上杉自身が僕を避けていた。


「上杉!」

 そんな声がして、上杉が振り返った。

 心なしか表情が柔らかい気がする。

 声をかけたのは上杉の近所に住んでいる松山だった。

「上杉って呼ぶなって言ってるだろ」

 上杉は不機嫌そうにそう答えた。

「だったら、カナエって呼んでいい?」

 松山の言葉に上杉はため息をついた。

「いいよ。上杉よりはましだ」

 その言葉に松山はうれしそうな顔をした。

「じゃあ、カナエ。お前、市山大学受けるんだろう?」

「そうだけど?」

 何で知ってるんだと上杉は不機嫌そうに松山を見る。

「俺もその大学受けるんだ。お前空手部に入ってからなんかずっと急がしそうだっただろう。今はやめたみたいだから。一緒に勉強しようぜ」

 松山の言葉を無視して上杉は、一人で歩き始めた。

「待てよ。どうせ、帰り道は一緒だろう」

 松山は早歩きで歩く上杉を慌てて追いかけた。


 上杉………

 僕は苦しかった。

 僕と別れて彼女はほっとしたのだろうか。

 束縛するものがいなくなった。


 僕はなんでこんなに胸が苦しんだろう。

 母親の代わりを失ったから?


 それから数ヵ月後、僕は無事都内の有名大学、母の望む大学に入った。


「タカオくん、やっぱり天才よね」

「お兄ちゃん、すごいよ」

 母と弟が僕を褒め称えてそう言った。


 4年後、僕は母の望む大企業に入社する。


「本当、すっかり大きくなっちゃって。タカオくんもすっかり社会人ね」

 母が感慨ぶかげにそう言った。

 上杉と別れた、あの日から、母の笑顔を見てもあまり嬉しくなくなった。

 それどころは母の顔に上杉の面影を探すことが多くなった。

「タカオくん?お母さんの顔に何かついてる?」

 じっと見つめていたのだろう、母が不思議そうに僕を見つめた。

 ああ、瞳の形が一緒だ。

「なんでもないよ。お母さん。行って来る」

 僕は鞄を掴むと靴を履いて家を出た。


 周りはまだ薄暗い。

 家から通うにはちょっと遠いか、一人暮らしを始めたほうがいいかもしれない。


 上杉の姿を見なくなり4年と少し………


 僕はますますなんのために生きているのかわからなくなった。


 時たまにふいに死にたくなったけど、ビルの上から見る光景に足がすくんで跳べなかった。


 包丁を握って、僕の手首に近づけたけど、勇気がなくて切れなかった。


 情けない僕………。


 生きている意味なんてないのに………。


 僕は臆病な心を抱えながら、強い人間の振りをして、生き続けた。

 でも世界はとりあえず僕に味方してくれたようだ。

 僕は会社ではどんどん出世していき、母や弟はその度に喜んだ。

 今ではそれがとりあえず生きている証だった。


「武田くん?」

 ぼっとしていたのだろう、向かいの席に座っていた宮園ユキコが首をかしげて僕を見た。

「ああ、ごめん。なんだっけ?」

 僕はこの容姿と優しい男の擬態のおかげで女に困ることはなかった。

 今付き合っている女は部長の娘だった。

 付き合って1年になる。

 この女と付き合ったおかげで、僕は入社6年で係長のポストを得た。前任者が10年かけて係長になったのだから、それはスピード出世というものだろう。

 母は僕の出世とこの女との婚約を大喜びしていた。

「ねぇ。この夏は、バリにいかない?」

 ユキコは旅行会社からもらってきたパンフレットを見ていた。

「いいね!そうしようか」

 僕はいつもの作り物の優しい笑顔でそう答えた。



「上杉カナエ?」

 パソコンの画面に出てきたその名前に僕は釘付けになった。

 1週間前、うちの会社は小さな会社をその傘下に入れた。

 そこそこ利益を上げていた会社だったので従業員ごと丸ごと買った。


 僕は笑いたくなった。


 10年、10年ぶりだ。


 そして僕は決めた。

 彼女をここに呼ぶ。

 僕の側に。


 今度こそ離さない。


 2ヵ月後、彼女は僕の会社に入ってきた。

 主任のポストを用意した。

 僕を見た彼女は驚きの顔をしていた。

 相変わらず人形のようであったけど、その瞳は意志を表すまっすぐな光を放っていた。

 僕の背が伸びたせいか、華奢な印象を受けた。


 僕は彼女を見なかった。


 今度は時間をかけて攻めるつもりだった。


「松山………」

 帰宅する上杉の姿を見ると、その横にあの松山がいた。

 楽しそうに笑っている。


 あいつらは付き合っているのか?


 翌日、僕は上杉の姿を販売機の側の休憩所で見かけた。

 問い詰めたかった。


 でも僕にそんな権利があるのか。


「あ、武田くん」

 甘い声がしてユキコが僕の腕にその腕を絡ませてきた。

 上杉はそれで僕達がいることに気づいたんだろう、僕達をその黒い目で一瞬だけ見ると椅子から腰を上げ、総務部に戻っていった。

「今日はチケットを予約する日でしょ」

 ユキコはいつものかわいい笑顔を僕に向けたそう言った。


 高校の時のように、上杉を無理やり押し倒したかった。

 そして僕のことだけを見るようにしたかった。


「武田くん。娘との交際はうまくいってるようだな。そろそろ結婚は………」

 昼食に誘われた料亭の個室で、部長はそう僕に切り出した。

「今時期をみてるところです。プロポーズは思い出に残るものにしたいので」

 僕は口から出任せを言いながら微笑んだ。部長は僕の言葉に安心したように笑った。


 嘘で塗り固められた僕の人生。

 息がつまりそうになる。


 すべてを破壊したかった。


 僕の本当の姿を見せ、すべてを終わらせたかった。


「願いを………」

 あの国で、ツアーガイドにそう言われたとき、浮かんだのはただこの欺瞞で臆病な武田タカオを消し去り、すべてを破壊したいということだけだった。


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