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南国の魔法  作者: ありま氷炎
金と銀
52/151

武田係長

「山元くん、これどうぞ」

 穏やかな声がして目の前に突然缶コーヒーが差し出された。そして背の高い、ハンサムな男が隣に座った。

「た、武田係長!」

 ケンジは慌てて席を立とうとした。

「まあ、座って。」

 タカオは優しい笑みを浮かべると座るようにうながし、買ったばかりの冷たい缶コーヒーを渡した。

「入って、まだ1年だよね。」

「は、はい!」

 タカオの問いにケンジは緊張して答えた。その様子をタカオは笑った。

「緊張しない。緊張しない。上杉だって悪気があって、注意したわけじゃないと思うんだ。ただ性格がまっすぐだからね」


 上杉……

 ああ、主任のことか。

 武田係長と同期だっけ。

 仕事はできて頼りがいがあるけど、ちょっと厳しいんだよな。


「ま。わかってやってよ。いい奴だから」

 タカオはそう言うと長椅子から立ち上がった。

「あ、武田係長。コーヒー代!」

「いいよ。おごりだよ~」

 タカオはひらひらと手を振るとそのまま、営業部に戻っていった。

「はあ……」

 ケンジがため息をつくと、飲み終わったコーヒー缶をゴミ箱にいれ、総務部に戻るべく腰を上げた。



「ケンジ、起きてる?」

 ドアをノックする音とユリの声でケンジは起こされた。


 夢か、会社の夢なんてひさびさだ。

 しかも武田係長の……


「ケンジ?」

 ユリの小さい声が再度聞こえて、ケンジが慌ててベッドから体を起こした。

「どうしたの?」

 そしてドアを開けながらそう聞いた。ユリはうつむいて何も答えずただ部屋に入ってきた。

 ケンジはユリに椅子をすすめ、自分はベッドの上に腰掛けた。

 ユリは膝に乗せた自分の手をみつめていた。心なしか震えているように見えた。


「武田さん、死んじゃうのかな」

 ユリはうつむいたままぽつりと言った。

「ねえ、私が殺したってことよね。あの時私は迷いなく矢を放った。そして武田さんは燃え上がった……」

 そう言ってケンジを見つめるユリの目は赤く潤んでいた。

 昨日からずっと泣いていたんだろう。


 そうか……

 そうだよな。

 あれは橘さんが放った矢だった。


 ケンジは戸惑いながらも安心させるために、ベッドから腰をあげ、そっとユリの肩に触れた。

「君のおかげで僕は助かったんだ。何も悪くない。ありがとう」

 ケンジがそう言うとユリが椅子から立ち上がり、ケンジの胸に顔をうずめた。

「た、橘さん?!」

「ごめん。このままでいさせて。不安なの。本当に武田さんが死んでしまったら、私は……」

 ユリはケンジの胸に顔をうずめながら、泣きそうな声でそう言った。

 石鹸のさわやかな香りが鼻につく。ユリは本当に触れると壊れそうなくらい華奢だった。

 ケンジはそっとユリの背中に手をまわした。


 僕達は何をやっているんだろう。

 ここで彼の死をただ待っているのか……

 僕達は彼の死を望んでるのか……

 数日前までは武田……武田係長は僕達の優しい上司だった……


 ケンジはユリの小さな鼓動を感じながら、これからどうすべきか考えていた。



「はっ」

 上杉カナエはベノイの家の近くの稽古場で一人黙々と突きや蹴りを繰り返していた。

 かれこれ1時間になるだろうか、その額には汗がにじんでおり、漆黒の髪は汗で濡れ、首に張り付いていた。

「俺が相手になってやろうか」

 ふいに声がしてベノイが森の中から現れた。

「必要ない」

 カナエはそう言って、再び宙に向かって拳を突き出した。

 ベノイは口元に笑みを浮かべるとカナエの拳を掴んだ。

「タケダを忘れられないか……」

「!」

 カナエは拳を掴まれたままだったが、ベノイに向かって蹴りを繰り出した。ベノイは掴んだ拳を離すと後ろに跳んで、蹴りを避けた。

「そんなに好きなのか?」

 カナエはベノイを睨みつけると、回し蹴りをお見舞いした。

「くっつ」

 蹴りを両腕で止めたが、勢いで後ろに少し飛ばされた。

「やるなあ」

 ベノイは蹴りを受け止めた両腕を揉みほぐすと準備体操するがごとく振り回した。

「じゃあ、今度は俺から!」

 そう言うとベノイはカナエに向かって拳を突き出した。


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