夢の中
「おやおや、機嫌が悪そうですね。火の精霊」
からかうような声がして銀の精霊が薄暗い部屋に現れた。
風の精霊フォンはその姿を見ると舌打ちをし、火の精霊カーナは不機嫌そうに口を開いた。
「何の用かしら?神の忠実なシモベさん」
カーナは腕を組み、銀の精霊を睨みつけた。
「ああ、相変わらず下品な方ですねぇ。今日はいいお土産を神から預かってきたんですよ。あなたが今一番欲しいもの……」
銀の精霊は微笑みながらその手を宙に掲げた。すると手の中に小さなクリスタルガラスで出来た美しい小瓶が現れた。
「それはまさか、神の水?!」
カーナはその小瓶を見て驚きの声をあげた。フォンも壁から体を起こし、銀の精霊を見つめた。
「神がタカオを助けるってこと?」
「さあ、どうでしょう。私はただ神の命令でここに来ただけです」
銀の精霊はその冷たい眼を細くしてカーナを見つめ、神の水の入った小瓶を渡した。
「飲めばいかなる傷も治ります。ただし、その痛みに耐えることができたならばですが……」
カーナは銀の精霊の言葉に眉をひそめた。
「死ぬこともあるの?」
「さあ、どうでしょう。すべては神の意思ですから。試すか試さないかはあなた次第です」
銀の精霊はそれだけ言うと空気のようにふっと部屋から消えた。
カーナはその手に残った美しい小瓶を見つめた後、苦しそうなタカオの顔に目を向けた。
「じゃあ、待ってるから」
タカオはそう言うとそっとカナエに小さな紙を渡した。
それは二人だけの秘密だった。
二人の関係は始まったが、タカオはカナエとの関係を周囲に秘密にしていた。
カナエ自身、親にばれると色々面倒なのでそのことに対してタカオに聞いたことはなかった。
でもある日、カナエは見てしまった。
タカオが仲良く別の女の子と歩いているところを。
そしてカナエが見ているのを知ってか知らずか軽くキスをすると別れた。
それから数日後、カナエはタカオと会っていた。
いつものように、学校から遠く離れたホテルだった。
「上杉、見てたでしょ?」
タカオはいたずらな笑みを浮かべて聞いてきた。
カナエが黙っているとタカオはカナエを抱きしめた。
「好きなのは上杉だからね」
そしてタカオはカナエに優しく口づける。
カナエ自身、なぜ関係を続けているのかわからなかった。
カナエ達の関係は恋人関係というよりも、体だけの関係だった。
「上杉」
ふと隣で寝ていたはずのタカオがカナエに抱きついてきた。
まるで子供のようだった。
カナエはタカオを包むようにその胸に抱き、髪をやさしく撫でた。
するとタカオは目を開いて、カナエを見て安心するように笑うと眠りについた。
タカオはカナエといると深く眠れるようで、目覚めるのはいつもカナエが先だった。
カナエはタカオの無邪気に寝ている姿を見ると愛おしく感じた。
だから止められない。
私は武田を好きなのだ。
でも好きという言葉を言うと、この関係が終わってしまうようで、カナエは一度も言ったことがなかった。
暗い部屋でカナエは目を覚ました。
天井をみて、自分が今どこにいるのかわかった。
別の世界だ……
カナエはゆっくりとベッドから体を起こす。
窓から外をみると意外に明るかった。
「そうか、満月か……」
カナエは皮の靴を履くと、家の外に出る。
空気が体に刺さるように冷たくて今のカナエには心地よかった。
「武田……」
カナエは自分を抱きしめるように両腕を握りしめると、丸い月を見上げる。
夜空には雲ひとつなかったが、満月は共に輝く星を見つけられず、寂しげに美しく輝いていた。