変わり果てた上司
重い……
なんて重さだ……
ケンジはかれこれ1時間ほど大きな袋を二つ抱え、森の中を歩いていた。
男性化した上司の荷物を持とうかという、ありがたいオファーをユリによって断れ、ケンジは身も心もぼろぼろだった。
インドア派の僕にこんなこと無理だ……
「はあっ」
とうとう限界がきて、ケンジは道の真ん中に座りこんだ。
「山元くん、男でしょ。がんばりなさいよ」
その姿を見て先を歩いていた橘ユリが怒鳴りつける。
そんなこと言ったって。
「まあ、橘さん。後は私が持つから。山元くんだって休憩が必要だから、ね?」
カナエはなだめるようにユリの肩を優しく叩くと、ケンジの元へゆっくり歩いてきた。
「はい、お水。ごめんね。私の方が力があるはずなのに」
カナエは申し訳なさそうにそう言って、皮の水筒を差し出した。
「ありがとうございます!」
あー助かる。
やっぱり持つべきものはいい上司だよな。
ケンジは嬉しそうに笑うと皮の水筒をカナエから受け取った。
「た、助けれてくれぇ!!」
その時、ふいに男の悲鳴が聞こえ、血まみれの男が現れた。
「きゃ!」
ユリはとっさにカナエの後ろに隠れ、ケンジは驚きのあまり水筒を地面に落した。
「悪魔に、悪魔に追われてる。助けてくれぇ」
男は恐ろしい形相でそう言うとケンジの両腕を掴んだ。
「困りますねぇ」
聞き覚えのある声がして、血に染まった白いシャツを着た係長のタカオが現れた。
そして、その手には血が滴る剣を携えていた。
「た、武田?!」
「ひぃ、悪魔だぁ!」
男はタカオの姿を見ると悲鳴を上げて森の中に逃げ込む。
「あれ、皆さんお揃いで。こんにちは」
タカオはいつもの優しい笑顔でそう言った。しかし、その顔と着ている服は血で赤く染まっていた。
「武田、どういうことだ?その血はお前の血じゃないな」
「あ、上杉。男になったんだ。それが君の願いだったんだね。」
タカオはカナエを見て、意外そうに笑った。目が奇妙な光を帯びていた。
「そうそう、これは私の血でないよ。結構殺しちゃった。力を得るためにはしょうがないよね。おかげで汚れてしまったよ。」
タカオは残念そうに首を横に振りながら、顔についた血を服で拭う。
結構殺した??
どういうことだ?
ケンジは見たこともない係長の様子に動揺していた。
「武田。正気にもどれ。私たちは光の噴水でおかしくなってるんだ。この世界の光の噴水、失ったものの泉に行けば、元の世界に戻れるんだ」
カナエはタカオの様子に動揺しながらも静かにタカオに語りかけた。
「知ってるよ。でも私は元に戻る気はない。願いが叶って最高の気分なんだ」
タカオは血に染まった手でカナエの頬を触りながらそう言った。
ユリは間近でみる狂気のタカオの姿に、カナエの後ろで青白くなって震えていた。
おかしい。
武田係長が完全に狂ってる。
ケンジは狂気としか思えない係長の様子をただ唖然と見つめていた。
「そういうことで残念だけど、君たちも元には戻れないわけだ。結構この世界も面白いと思うよ。楽しんでね」
タカオはそれだけ言うと、ふっと空気に溶けるように消えた。