銀の精霊
夕食の時間になり、体調の悪いダリンとそれに付き添うナトゥを除き、皆がキッチンに集まった。
「今日は俺が張り切って鶏を焼いたぜ」
べノイはいつもの白いエプロンを着て、大きな皿に乗ったおいしそうな鶏の丸焼きを机に置く。
「ケンジ、腹減っただろう。がんばったからな」
べノイは表情の硬いケンジの頭をごしごしなでるとそう言った。
カナエから聞いた話は衝撃的だった。
カナエのことが原因なのか別のことが原因で心を失うように光の噴水に願ったのかわからない。
でもそのおかげで大勢の犠牲がでている。
心が戻ったところでどうなるんだろう。
自分がもし武田の立場であれば、発狂してしまうだろう。
あれほど多くの人を殺したのだから。
しかしタカオを富の噴水に連れていかなければ、ケンジ達は元の世界に戻れないのだ。
そのためにはやはり心を取り戻させる必要がある。
でも僕は彼を許せるのだろうか。
たとえ心を取り戻したところで僕は彼を許せるのだろうか……
僕の腕の中で死んでいったガルレン。
小さな体だった。
最後まで生きたいと願っていた。
「こんばんは~」
突然聞き覚えのある声がして、白いシャツに黒いズボン姿の細身の男がキッチンに現れた。
「ガ、ガイド!?」
ケンジは驚いて席をたった。
べノイはまだ会ったことがないので状況がわからず、唖然として男を見ていた。
「何の用だ!」
カナエは食事用のナイフをその首元に近づけて言う。
「物騒ですねぇ。」
ガイドはカナエの握っているナイフをその手でいとも簡単に折り曲げた。
心なしか依然と様子が違っているようにみた。その瞳は銀色に光っていた。
「ケンジ!」
二つの声がして、水の精霊アクアと木の精霊レンが石から人体化して、ケンジを守るように男の前に立った。
「銀、アナタがどうして人間の世界にいるの?何の用なの?」
アクアの声は幾分緊張したものだった。
「アナタは確かいつも神の側にいなければならなかったはずですよね」
レンも戸惑いの表情を浮かべている。
銀??
このガイドが精霊?!
ケンジやカナエ、そしてユリが驚きの目で見ている中、銀と呼ばれ、ツアーガイドだった男は悠然と微笑んだ。そして男が光につつまれる。
現れたのは銀色の長い髪の毛に銀色の瞳をもつ美青年だった。
「人間のふりも楽しかったんですが。今日は神の使いですからね」
男はそう言いながらケンジ達をみた。
その銀色の瞳は感情がまったく感じられない冷たい眼だった。
「銀、神の使いって何なの?!神が介入してるの?」
アクアの問いに銀の精霊は首を横に振る。
「やれやれ、せっかちですね。まず人間の皆さんに自己紹介させてくださいよ。私は神直属の精霊で銀の精霊です。暇つぶしにツアーガイドをさせていただきました。あの世界の人間はこっちの世界の人間よりさらに愉快な生き物なので楽しませていただきました」
銀の精霊はガイドだった時と同じ口調でそう軽快に話す。
意味がわからない……
ということは僕達がこの世界にきたことは仕組まれたこと??
「どういうことだ?!お前が私達をここに連れてきて、武田の心を奪い、私を男にしたのか?」
カナエの射るような眼差しを、銀の精霊は楽しそうな笑みを浮かべて受け止める。
「さあ、どうでしょうか。」
「この!」
カナエは銀の精霊の答えにかっとなり、掴みかかろうとした。
「カナエ!」
それを慌ててアクアが止める。
「やめたほうがいいわ。むかつくだろうけど、手を出さないで」
「水、いい心がけですね。私も上杉様にはずいぶんな扱いを受けていて、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうなんですよ」
銀の精霊の言葉にカナエがさらに怒りの表情を浮かべたが、アクアの視線を受け拳を握りしめたまま、下ろした。それを銀の精霊は満足そうに見て、再び口を開く。
「今日は皆さんに言い忘れていたことを伝えにきました。以前4名様すべてが光の噴水に集う必要があると言いましたが、もし4名様のうちどなたかがお亡くなりになった場合は、生きている方のみだけで願い事を叶えることができます。今武田様が死の淵にいますよね。お亡くなりになった場合、あなた方3名様で元の世界に戻ることができます」
「!?」
どういうことだ?
武田が死にかけている?
一同が息を飲んでいる様子を銀の精霊はその冷たい銀色の目で満足そうに見渡した。
「さてと。私の用事はこれだけです。水、木、久々の再会楽しかったですよ。もし私の姉君に会うことあったらがよろしく伝えてくださいね」
銀の精霊はそれだけ言うと来た時と同じようにふとその場から消える。
なんだって言うんだ。
武田の死を喜べってこと?
武田が死んだら、光の噴水に行き元の世界に戻れってこと?
僕たちはそれでいいのか?
この世界このままにして帰っても……
本当に武田は死ぬのか‥?
確かにあの時、体が炎に包まれていた。
しかしあいつにも精霊がいる。
そう簡単に死ぬはずがないんだ。
ケンジはタカオを許せなかったが、同時に一緒に元の世界に戻りたいという気持ちもあった。
二つの相反する気持ちを抱えながら、ケンジは銀の精霊が消えた場所をじっと見つめていた。
ユリは自分が放った矢によって燃え上がったタカオの姿を忘れらなかった。ガルレンの仇、やむえないこととは言え、自責の思いにかられていた。死の淵をさまよっているタカオを思い、唇を噛んで俯く。
カナエはタカオの死を想像して、気が遠くなりそうだった。そして蒼白な顔で自分の手の中にある折り曲がったナイフを握りしめた。
ベノイはカナエの蒼白な顔をそっと見つめていた。