タカオの記憶1
泣いている声がする。
あれは僕、武田タカオだ。
タカオの記憶が僕に夢を見せている……
タカオは母親にいつものように怒られて泣いていた。
母親は泣いているタカオに構わず、弟のタカカズに優しい声をかけながら抱きしめていた。
僕がこの家に戻ってきて半年。
母は、僕を息子だということは理解してて、普通に接してくれるけど、時たま僕が癇癪を起こすとヒステリックに怒鳴りつけて僕を置き去りにした。
「あなた、私はあの子を自分の子だと思えないの」
「何を言ってるんだ。あの子は正真正銘僕らの子だよ。2年もの間会ってなかったせいだよ。時期に慣れるよ」
母の肩を抱いて父はそう言った。
弟のタカカズを身ごもったとき、母は精神的におかしくなったらしい。
もともと祖母とうまくいってなかったこともあって、母はお腹に弟がいるのに自殺未遂を図った。
医者に見せると母をしばらく病院で預かることになった。
半年後、母は退院したが、家に戻ってこなかった。
そして母を愛する父は僕を祖母に預けて母の元にいってしまった。
それから2年が経過した。
半年前……
祖母が亡くなった。
4歳半になった僕は、ようやく父と母、そして弟と暮らすことになった。
僕の父は時々、家に来ていたので、父は僕を見ると笑顔見せて抱きしめた。
母はぎこちない笑みを見せた後、僕を抱きしめた。
母から虐待されたことはない。
でも愛された記憶もない。
弟と僕への態度は同じようで違った。
僕は母に好かれようと努力した。
学校でいい成績をとると母は笑顔を見せたくれた。
学級委員長に選ばれた話をしたら喜んでくれた。
弟は勉強が苦手だった。
でもそんな弟に母は「本当、お兄ちゃんを見習いなさいよね」と優しい笑顔を向けた。
弟は何もしなくても母の愛を一身にその身に受けていた。
僕は何かしないと母は喜んでくれなかった。
母に愛されたくて、母の笑顔が見たくて、僕は常によくできた子だった。
「お兄ちゃん、今日いよいよ入学試験だね」
愛される弟は僕の高校入学試験日に笑顔でそう言った。
憎くてかわいい弟に僕はいつもの笑顔を向けた。
「ああ、がんばってくるね」
僕は鞄を持って、靴を履くと笑顔の弟に背を向けて家を出た。
こんな毎日いつまで僕は続けるんだろう。
小さいころから続けてきた擬態。
本当の僕の姿を知るものはいない。
会場の高校につくと、同級生達はすでに到着してて僕の姿を見ると寄ってきた。
「おう、武田!ずいぶんゆっくりと来たもんだな。さすが優等生様だぜ」
いつもつるんでる坂口が嫌味をこめてそう言った。
「武田君はもう受かってるようなもんだもんね」
その横で眼鏡をかけた小柄の山田が泣きそうな声をだした。
「まあ、まあ、こういうの運もあるみたいだしさ」
二人に僕は笑ってそう答えた。
「あーあ、余裕かましてよ」
坂口はそう言いながら手元の問題集に目を落とした。
ふと何かに呼ばれたような気がして僕は窓のほうに目を向けた。
胸をつかまれたようなショックを受けた。
母に似た顔立ちの少女がけだるそうに窓の外をみていた。
しかしその顔は母に似ていたが、その目はきつい感じで強い意志を感じた。
そして一番驚いたのがその周りの空気だった。
周りに惑わされない凜とした空気がそこにあった。
「おい、武田!」
ぼうっとしていたのか、坂口は僕の学ランの袖を掴んだ。
「始まるぞ」
「ああ」
僕は後ろ髪を引かれる思いだったが、慌てて指定の席へ座った。
コン、コンとドアをノックする音が部屋に響いた。
ドアを開けるとそこにいたのは意外にも山元ケンジだった。
「上杉主任、お話があるんですがいいですか?」
いつもと違う厳しい表情でケンジが言った。
ベッドにカナエは腰掛け、机の側の椅子にケンジが座った。
「武田係長、いえ、武田のことを教えてください。僕は聞く権利があるはずです。武田は上杉主任にこだわってます。あの火の精霊だって、上杉主任が女性だった時の姿に似てます」
ケンジの言葉にカナエはため息をついて、ベッドから腰を上げた。
そして暗くなった外を窓から見る。
「私は話さないといけないだろうね。君には聞く権利がある……」
カナエはつらそうな顔をした後、落ち着けるために深呼吸をした。
そして窓から視線をケンジに向けると過去のいきさつを話し始めた。