木の精霊レン
「ここは?」
瓦礫の街と化したロウランに現れたカナエとべノイは自分の目を疑った。
そこは残骸の山だった。
以前ロウランを訪れたことがあるべノイはその変わりように息を呑む。
「これが木の精霊の力?」
二人が呆然と辺りを見渡していると、不意に強い風が二人を襲った。
べノイはとっさにカナエを守るように抱きしめた。
「今のは?」
風がおさまり、べノイがカナエを腕にだきながら前方を見つめた。
「ありがとう。でも離してくれ」
カナエは自分を抱くべノイの腕を振りほどき、風が吹いてきた方向を見る。
前方は先ほどの強い風で邪魔な瓦礫が吹き飛ばされて視界がすっきりとしており、ケンジ達やタカオ、精霊達の姿が遠くに見えた。
「行こうか」
ベノイの言葉にカナエはうなずき、二人は戦場を目指して走り出した。
「木!木!」
風の精霊フォンは木の精霊シティを抱きかかえながら呼んだ。
するとシティはうっすらと目を開く。
「風……」
シティは恋人のフォンの姿を見ると、ほっとしたように微笑んだ。
しかし自分がもとの人の姿に戻っていること、ガルレンが側にいないことに気づき、その表情を硬くした。
「風……アナタがしたの?」
巨大な竜巻に襲われたのを覚えていた。
愛しい恋人が自分を傷つけることはないのだが、このようなことをできるのは風の力を持つフォンだけだと感じていた。
「違う。オレではない……」
フォンの言葉を聞きながらシティはその手に掴まりゆっくりと立ち上がる。
タカオと火の精霊カーナ、それに対峙するケンジ、ユリ、水の精霊アクアの姿を見た。
そしてケンジ達の後ろには小さな体が血まみれで横たわっているのが見えた。
「ガルレン!」
シティは契約が解けているのがわかった。
それは契約主の死を意味するからだ。
私を守っていたガル一族の最後の子。
かわいそうなガルレン……
シティはガルレンのところへ飛んでいき、その躯を抱きしめる。
「ごめんなさい……ワタシはアナタを守れなかった……」
シティの瞳から涙がこぼれた。
「木……」
フォンはガルレンの躯を抱くシティの後姿をただ見つめていた。
「ワタシはアナタを許さないわ。ワタシは人間が大好きなの。それをアナタは壊した。許さない」
シティはガルレンを再び地面にゆっくりと横たえて、振り向いた。
フォンの悲しげな瞳に怒りに燃えている自分の姿が映ってるのが見えた。
しかしシティはフォンがしたことを許せなかった。
「おやおや、痴話けんかかい?」
タカオは楽しげにそう言う。
「君を攻撃したのは、フォンではない。僕だよ。だって君の恋人は君を傷つけたくないばかりに
手ぬるいからさ」
タカオは風の剣を振り回しながら言葉をつづけた。
「許さない……絶対」
「フォン。君の恋人はお怒りのようだよ。君は僕の精霊だよね。だから、しっかり僕を守ってね」
タカオのその言葉にフォンは舌打ちをしたが、従うしかなかった。
シティの視線をさえぎるようにタカオの前に立つ。
「木、たかが人間のためにオレたちが戦う必要はないはずだ」
フォンは木を説得するように優しく話しかけた。
「風、アナタにはわからないわ。人間がどんなに儚い生き物か」
シティはそう言うと巨大な木の姿になり、その枝をタカオに向かって伸ばした。
フォンはその枝を撥ね返す。
「驚いた。契約しなくても力を使えるんだね」
タカオは感心してそう言った。
「でもやっぱり契約したほうがいいよね。シティだっけ?何か別のいい名前をつけようかな」
タカオの言葉に水の精霊アクアが顔色を変える。
「ケンジ、まずいわ!タケダに契約されてしまう。早く木に名前をつけて!」
フォンの後ろで楽しそうに微笑んでるタカオを横目にアクアは早口でケンジに話しかける。
「名前って!」
ケンジはアクアの言葉に混乱しながらも自分がしなければならないことがわかっていた。
「木の精霊シティ!」
ケンジは巨大な木になったシティの前に走り寄った。
「僕と契約してくれ。名前はレン!」
「名前はガーディア」
タカオとケンジの言葉はほぼ同時だった。
巨大な木の姿の木の精霊の体が光り輝く。
その光は太陽のような眩しい光で視界からすべての色を消し去った。
そして、光は徐々に小さくなり、人型になり、ケンジ達の目の前に、10歳前後の緑色のまっすぐな長い髪を持つ女の子が現れた。
その顔はどことなくガルレンに似ていた。
「ケンジ、アナタがワタシの新しい契約主です」
木の精霊レンはそう言って微笑んだ。