ロウランへ
「カナエ、寝ているのか」
ベノイはカナエの部屋のドアを軽くノックすると開けた。
中には誰もいなかった。
朝早く、トイレに行くために部屋を出たら物音がした。
嫌な予感がしてカナエの部屋に来た。
「やっぱり」
ベノイは慌てて部屋を出て、家の外を見た。
すると皮の胸当てを着て、土のグローブをはめたカナエの姿が見えた。
「カナエ、待てよ」
ベノイはカナエの後を追い、その右腕をわざと掴んだ。
「っつ」
カナエは痛みで顔をゆがめて、振り向いた。
「ほら、見てみろ。傷がまだ完治してないんだ。
そんな体でロウランに行っても足手まといになるだけだ」
ベノイはカナエを叱るように言ったが、カナエが言うことを聞かないことはわかっていた。
しかし、カナエの傷はまだ完全に癒えていない。
その体で戦場に出るのは死に行くようなものだった。
「役に立たなくても、ここでぼんやりしてるよりはましだ」
カナエはベノイの手を振り切ると、再び歩き出した。
そんなカナエの様子にベノイはため息をついた。
「なら。俺もいくぜ。金の剣があるからカナエの防御くらいならできるはずだ」
ベノイが口元に笑みを浮かべてそう言ったが、カナエは何も答えず、ただナトゥのいる神殿に向かった。
ナトゥは神殿の中のダリンの部屋におり、力を使ったせいで、疲れて寝ているダリンのそばに座っていた。
「ナトゥ。私をロウランまで送ってくれませんか」
部屋に入ってくるなり、そう言ったカナエをナトゥは見上げた。
「やはりわしらの話を聞いておったか。そう言うと思っていたのじゃ」
ナトゥは苦笑しながらも椅子から立ち上がった。
「まずは外に出るのじゃ。話したいことがある」
神殿の外に出たナトゥはカナエに奇跡の星のかけらを渡した。
「これは…?」
「これは奇跡の星のかけらじゃ。一時的じゃが精霊の力を高めることができる。効果は一回だけじゃがな。今のところ、わしらには水の精霊しかいない。これを使えば水の精霊の力を一時的に高め、火や風の精霊に勝てるかもしれん。」
ナトゥは微笑むながら、そう説明した。
「さすがナトゥ。いいこと考えるぜ」
ベノイは嬉しそうに笑って、ナトゥの肩を軽くたたいた。
「今回はわしは参加できそうもないのじゃ。ダリンの様子が心配だからのう」
ナトゥは叩かれた肩を摩りながら神殿のほうを振り返った。
カナエもナトゥの思いを知っていたので一緒に戦ってほしいとは言えなかった。
「大丈夫です。この奇跡の星のかけらがあれば、勝てるかもしれません。勝てなくて山元くん達を助けることができます」
カナエはナトゥにそう答え、奇跡の星のかけらをポケットに入れた。
「ナトゥ。本当は俺がついているべきなんだが。すまないぜ。母を頼む」
ベノイは申し訳なさそうに笑った。
ベノイも母のことをナトゥ同様に心配だった。
しかし、それ以上にカナエのことが心配だった。
カナエはタカオに殺されるために再び戦場に戻るような気がしていた。
「さて、準備はいいかの」
数分後、地面の上に書いた魔法陣の中にカナエとベノイは立っていた。
ナトゥの言葉に、カナエはうなずき、ベノイは背中に背負った金の剣を支える紐を握りしめた。
「バタル ビ ロウラン」
ナトゥはその杖を構え、カナエとベノイを指して呪文を唱えた。
すると魔法陣が光り、二人の体を包んだ。
そして、二人の姿が光とともに魔法陣から消えた。