覚悟を決めて
「まずいな……」
かつての水の神殿だった場所で、奇跡の星のかけらを使い、ロウランの様子を見ていたダリンが呟いた。
「何があったんじゃ」
近くの椅子でうたたねしていたナトゥはダリンのつぶやきで目を覚ました。
その表情が険しく、ナトゥは心配になってダリンに近づいた。
「木の精霊が契約した。しかし悪い力の使い方だ。」
「タケダが契約したのか?!」
ナトゥが驚いて聞くとダリンは首を横に振った。
「ガルタンの子孫だ。かわいそうな子だ。しかもタケダに狙われておる」
ダリンは厳しい顔で言葉をつづけた。
「タケダは風の精霊をも味方につけたようだ。風の精霊なんて伝説だと思っていたがな」
忌々しげにそう呟くとダリンは急にその場に座り込んだ。
「ダリン!」
ナトゥが慌ててダリンを抱きとめる。
「無理をするのではないぞ。体が本調子ではないのじゃ」
ナトゥはその眼に優しさを湛えながらそう言った。
ダリンはナトゥの顔をみてふと柔らかく笑うとその腕につかまり立ちあがった。
水の巫女でなくなってから、ダリンの体力は急激に落ちていた。
少しの魔法を使うだけで気が遠くなることが多かった。
「武田が……」
朝方早く目が覚めたカナエは呼ばれるように神殿に来ていた。
そしてそこで偶然に二人の会話を聞いてしまった。
腕の傷は完治しているがまだ腕を動かすたびに痛みが走った。
しかし、そんなこと言っていられない状況がロウランで起きたようだった。
カナエは右手の拳を握りしめると、戦う準備をするため神殿から家に戻った。
「火、木に手を出すなよ。オレがどうにかする。用はあのクソガキを殺せばいいんだ」
風の精霊フォンはそう言って、目の前の巨大な木に向かって跳んだ。
東の空がオレンジ色に輝き始めていた。
しかし、巨大な木の破壊活動は止まる様子はなかった。
この街をすべて破壊するつもりらしい。
「せいぜい、愛しい木に殺されないようにね」
火の精霊カーナは嫌味を交えてそう言うと、戦いを観戦するためにタカオを連れて屋根に飛び移った。
タカオは楽しそうにフォンの動きを見つめていた。
「アクア、行こう!」
ケンジは息を吐くとそう言った。
死ぬのは怖かった。
でも、ここで隠れるようにして待っているのはよくないと、心が叫んでいた。
僕は勇者ではないけど、この世界に富の噴水によって連れてこられた。
何か意味があるかもしれない。
現実の世界ではできなかったことができるかもしれない。
ここは別の世界だ。
僕を笑うものはいない。
僕を卑下するものはいない。
恐れる必要なんてないんだ。
「そうね。戦えば死ぬかもしれない。でも私達はガルレンを助けることが目的でしょ。うまく逃げればなんとかなるかもしれないわ」
ユリが背中の火の弓矢を背負い直してそう言った。
水の精霊アクアはそんな二人の様子にため息をついたが、従うことにした。
「どうなっても知らないからね。行くわよ」
アクアは水の球体に変化すると二人の姿を包んで、宙に消えた。