旅のはじまり
「なにこれ?」
ユリは袋から鎖帷子を出して言った。
袋の中には他にも剣、弓矢、服、革製の水筒などが入っていた。
すごい……
本当にファンタジーの世界だ。
ケンジはこの状況下で、ゲームやアニメの中でしか見たことがない鎧や剣を、目の前で見ることができ喜んでいた。
「ちょっと、何喜んでるのよ!あんたのせいでこんなとこにいるんだからね!」
ユリはそんな様子のケンジを睨み付けて言う。
「まあ、起きたことはしょうがないし。とりあえず使えるものは使おうか。武田を探さないといけないし」
青年姿のカナエはそう言ってユリをなだめる。男になったその姿は美青年という面持ちだった。
女性のころとは全体的にあまり変化がないような気がするのだが、元から中世的だったことが要因だろう。男性化したカナエは誰がみても線の細い美しい青年だった。
そして、その姿はまさにユリの理想の男性像で、異常なくらい目をキラキラと輝かせていた。
「あーあ。この世界に来たのは嫌だけど、上杉さんが男になったのは本当嬉しい!元の世界に戻っても男のままでいてくれませんか?」
ユリの言葉に鎧をまとおうとしていたカナエは目を見開く。
「いやあ、戸籍とか大変だし……」
カナエはうっとりして自分を見るユリにしどろもどろに答えた。
「上杉主任。あの変なガイドからもらった地図見せてもらってもいいですか」
そう言って鎧を装着し終わったケンジはカナエの側に近づく。
「山元くん、もう身に付けたんだ。早いね。」
カナエはケンジの手際よさに感心しながら、茶色の紙の地図を渡した。
ケンジは恐る恐る丸めてある地図をゆっくりと開く。
いつの間にかユリもケンジの側に来て、手元にある地図を覗き込んだ。
「え?」
「あ?」
地図はごく簡単なものだった。
多分この世界全体の形だろう、5角形の島の形が書いてあって、5角形の角には場所の名前と思われるものが書かれていた。
「何これ??これが地図?現在地はどこなのよ!」
ユリが怒りまじりにそう言うと、地図の上に「現在地」と言葉が現れた。
「何これ!」
「しっ」
ケンジはユリに静かにするように唇の前に指を立てると口を開いた。
多分、これは音声に反応するんだ。
「失ったものの泉」
そう言うと地図が一瞬光り、「失ったものの泉」と表示が出た。
その場所は5角形の真ん中の部分だった。
「なるほど。そういうことか」
鎧をやっと装着し終わったカナエが二人の側に来てそうつぶやいた。
「現在地から失ったものの泉へ」
ケンジがさらに言葉を紡ぐと、現在地から失ったものの泉への矢印が現れた。
「どれくらいの距離?」
ユリがそう言ったが地図は反応を示さなかった。
「どうやら距離とかは出ないみたいだ」
「つまんないの。どれくらい遠いかわからないじゃないの」
ユリがふくれっ面でそう言う。
「ごめん。ちょっと貸して」
カナエはケンジの手元から地図を掴むと右手の方向に向かって歩いた。
「やっぱりだ。山元くん、橘さん。ちょっと来て、これを見て」
二人がカナエのところまで歩いていき、地図を覗き込むと矢印が地図に浮かび上がっていた。そして、その矢印の指す方向は島中央とは逆だった。
「すごい、カーナビみたい。あのガイドも少しは役に立つわね」
「これがあれば簡単に失ったものの泉に行けそうですね」
カナエは二人の言葉にうなずいた。
「さて、武田を探したら失ったものの泉に行こう!」