水の精霊の懸念
「ケンジ!火がきてるわ」
ガルレンが去った方向を見て呆然とするケンジにアクアはつぶやいた。
その表情は驚きのためか緊張していた。
「風、風のやつも一緒にいるわ」
風?
風の精霊のこと?
ケンジが聞き返そうとすると不意に屋根の下から怒鳴り声が聞こえた。
「ケンジ!そんなとこで何やってるのよ!」
下を見るとユリが火の弓矢を背負い、戦闘準備万端の格好でこちらを見上げていた。
ユリは内心無事なケンジの姿をみて安心していたが、そんな表情は微塵にも感じさせなかった。
「あ、橘さん??」
「ユリ、もう来ちゃったの?せっかく二人っきりだったのに」
水の精霊アクアはそう呟きながらもケンジを連れてユリのいる場所に降り立った。
「ケンジ、これどういうことなの?木の精霊がやってるの?」
ユリは瓦礫と化した周辺を見つめながら聞いた。
「ガルレンが、ガルレンが木の精霊の力を使って、街を破壊してるんだ…」
「まさか…」
ユリはケンジの言葉に目を見開いた。
昼間会った無邪気な少年がこのような破壊を繰り返してるということが信じがたかった。
「木の精霊は、火や水と違って穏便じゃなかったの?!」
「木やほかの精霊はワタシや火と違って戦闘的ではないけど、それなりの力はあるの。その力にとらわれてしまうとバルーと同じ道を歩むことになるの」
アクアはユリの疑問にそう悲しげに答えた
「でも、どうにか目を覚まさせる方法があるんでしょ?!」
ユリがアクアを真摯に見つめてそう聞いた。
「一度力を得てしまうと難しいわ。でも…まだ理性が残ってる今なら話して、力の暴走を止めることができるかもしれないわ。」
アクアはユリの視線を見つめかえしてそう答えた。
そうだ…
ガルレンを止めなきゃ!
あの元の無邪気な少年の姿に戻さなきゃ。
ケンジは、先ほどみた奇妙なガルレンの様子を思い出し身震いしながらも、腰に差してある水の剣の柄を握った。
そしてガルレンが向かった場所を見上げた。
止めなきゃ!
「行こう、ガルレンのところへ」
ケンジの言葉にユリは頷く。
しかし二人の決意とは裏腹に隣にいるアクアの表情は硬く緊張した面持ちだった。
「ケンジ…木のところには、火と風もいるわ。ワタシの力だけでは二人に太刀打ちできないの」
「火!?武田さんが来てるの?!」
ユリは驚いてアクアを見つめた。
「火だけなら私はアナタ達を守ることができるけど、風がいるとなると力不足なの」
アクアは悔しそうにつぶやいた。
「風?風の精霊もいるの?石の精霊は5つだけだよね」
そういえば風の剣を武田係長が持っているって聞いておかしいとは思ったけど。
「精霊は神と精霊の世界にたくさん存在するの。人間の世界に降りているのは神の指示でワタシと他の4つの精霊、そして神に幽閉されていた風の精霊だけのはずよ」
アクアはそう淡々と答える。
「神はどうして5つだけ精霊を選んだの?」
ユリの問いにアクアは首を横に振った。
「ワタシにもわからないわ。ただ風はそれに反抗して人間の世界に勝手に降りて神に幽閉されたと聞いていたわ。でもその幽閉がとけるなんて…」
アクアはその柔らかな髪を両手で掴んで、首を横に振った。
「ケンジ、ユリ。悪いけど。行けば死ぬかもしれない。ワタシはアナタ達が気に入ったからそんな場所に連れて行きたくないの」
アクアは悔しそうにそう言って、その場に座り込んだ。
ケンジとユリはそんなアクアの見つめながら黙りこくった。
死という単語が二人に重く圧し掛かって、何も言えなかった。