壊れた少年の心
ケンジが、水の精霊アクアと共にガルレンの家があった辺りに瞬間移動してみると、そこは瓦礫と化していた。
2階や3階建ての家が軒を連ねて並んでいたのが、悉く破壊され、レンガと木、ガラスの破片が道に広がっていた。そして半壊した建物の一部では火の手があがっており、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
ケンジ達の視線の先、人々が逃げ惑う先には巨大化した木がその数本の枝を伸縮させ、逃げ惑う人々を掴んでは投げたり、建物を壊していた。
いったい、なんなんだ。
この生き物は??
木の精霊は穏便な精霊と聞いていたけど……
ケンジは目の前の生き物に対して自分の足がすくむのがわかった。
「た、助けれくれぇ!」
腕のような枝につかまれた人間が血を吐きながら悲鳴を上げていた。その人間はガルナンを殴り殺したあの男だった。
「殺してやる!」
木の頭部の部分に乗って、そう言っている人をみて、ケンジは息をのんだ。
「ガルレン?!」
人が変わったように喜々と、巨大な木を操り破壊を繰り返すガルレンを見てケンジは自分の目を疑った。
「あ~、ケンジさんだ」
ガルレンは自分を呼んだ声に気づき、赤く充血した眼をケンジに向けた。
「僕、とうとう木の精霊の力を得たんだ。この街の人間は汚すぎるから、僕がこの街をすべて破壊して、ガル一族の力をみせつけてやるんだ!」
ガルレンはそう言うと、太った男を地面に放り出した。
ぐちゃっと嫌な音がして、男の体が地面に落ちたのがわかった。
ケンジは唾を飲み込んだ。
これがあのガルレン?
昼間みたあの少年??
「ケンジ、あの子は力に取り込まれているわ。多分バルーと同じね。心が弱いものは簡単に力に取り込まれるの」
アクアは寂しそうな目をケンジに向けるとその手を掴んで跳び、となりの屋根の上に着地した。
次の瞬間、先ほどケンジがいた場所が破壊される。移動しなければ、ガルレンの木の枝によってケンジはつぶされていた。
「ケンジさんは水の精霊の力を使えるんだね。だったら僕の邪魔しないでね。これは僕の、ガル一族の復讐なんだ」
それだけ言うとガルレンの乗った巨大な木はケンジのいる方向と逆の方向に歩き出す。
「ケンジの奴!」
ユリは悪態をつきながら、火の弓矢をその背に担ぎ、ガルレンの家に向かって歩いていた。
ユリは人々が悲鳴を上げながらこっちに向かって走って逃げるのを見ながら、その先で待ち受ける事態を想像して手の平に汗をかいていた。
「ケンジ!無事でいなさいよね」
アクアが側にいるのだから無事であるはずなのだが、ユリはそう言わずにはいられなかった。
「面白いことになってるわね」
巨大な木が次々と街と人を破壊していく様子を見ながら火の精霊カーナは楽しそうに笑った。
「木の精霊もなかなかおもしろい力を持ってるんだね」
その横でタカオも目を輝かせて、その様子を見ていた。
「あの、くそガキめ。木にこんなことさせやがって」
しかし風の精霊フォンだけが、怒りをあらわにして、その険しい視線を破壊されていく街に向ける。
本来、木の精霊は争いや破壊を好まなかった。
このような力の使い方が木の精霊に苦痛を与えていることを思い、フォンは怒りを募らせていた。
「タカオ!水がそばにいるわ」
ふいにカーナが宙を見上げて言った。
「上杉達も来てるんだね。ますます楽しくなってきたね」
タカオは嬉しそうに微笑んだ後、何かを思いついたような表情をした。
「カーナ、フォン。こういうのはどうだい。僕とカーナが水の精霊のところへ、フォンは木の精霊のところにいくというのは?」
「タカオ、それがだめなのよ。契約主と一緒にしか行動ができないのよ。アタシ達」
「ちっ、面倒だな」
フォンがカーナの言葉に舌打ちをする。
「しょうがないね。それじゃあ、木の精霊のところへ行くしかないね」
タカオも残念そうにため息をついた。
「タカオ、大丈夫よ。たかが木のこと。すぐに終わるわ。その後、水と遊べはいいわよ。ね?」
カーナはタカオをあやすように後ろから抱きしめてそう言った。
「たかが木と言うな。木はオレが相手するからな。手出し無用だ」
カーナの言葉にフォンは眉間にしわを寄せる。
「そうだね、楽しみは後にとっておくほうがいいね。それじゃあ、木の精霊のところに行こうか」
タカオの言葉を合図に、カーナとフォンはタカオと連れると、巨大な木が暴れる場所へ一気に跳んだ。