風の精霊フォン
「起きて!ケンジ!」
ケンジは興奮した水の精霊アクアの声で起こされた。
ぼんやりと目を開けると人体化したアクアがベッドの側に立っていた。
「木のやつが契約したわ!今力を使ってる」
アクアはそう言ってまだ薄暗い窓の外を指さした。
轟音が聞こえ、窓から火の手が見えた。
あれは確かガルレンの家の方向だ!
「アクア、あの場所に僕を連れていってくれる?!」
ケンジがそう頼みこむとアクアは嬉しそうに微笑んでそっとキスをした。
「力を使う必要があるかもしれないの。ごめんね」
驚くケンジにアクアはいたずらをした子供のような表情を見せてウィンクした。
「さあ、行きましょ。準備はいい?」
そう問いかけるアクアにケンジは念のために水の剣を掴むとうなずいた。
「行くわよ」
アクアがケンジを包むように抱くと二人の姿は水の球体になった。そしてそれは光とともに部屋から消えた。
「ケンジ!?」
異変を感じてユリが部屋に入って来たとき、部屋の中はただしんと静まり返っていた。
この世の果ての谷と呼ばれた場所で、仮眠を取っているタカオの隣で、添い寝をするように横になっていた火の精霊カーナはふいに体を起こした。
その視線は宙を向いている。
「木が力を使ってるわ。誰かが契約したのね」
その言葉でタカオは目を覚まし、体を起こしながら口を開いた。
「それは残念だね。誰かわかる?」
「知ってる奴ではないわ。子供みたい」
それを聞いてタカオは興味ぶかそうな顔をした。
「契約って、契約した人が死ねば白紙に戻るんだったよね?」
タカオは猫のように目を細くして、風の剣を握った。
「カーナ、上杉たちじゃなければ、簡単に殺せるよね?」
「そうね。水の邪魔がなければ簡単だわ。木の力なんてたかが知れてるし」
カーナはタカオの発想が気にいったようで楽しげに答えた。
「じゃあ、行こうか」
タカオは剣を持ったまま背伸びをすると立ち上がった。
しかしカーナは立とうとせず、何かを窺っているような、いぶかしげな表情をしていた。
「どうしたの?」
剣を腰の柄に収めながらタカオがカーナを覗き込む。
「タカオ!」
ふいにカーナは顔色を変えると、慌てた様子でタカオの手を掴むと、空に向かって飛び上がった。
するとすぐさま轟音がして、先ほど二人がいた場所が陥没した。
そして、その陥没でできた穴の下から何かが上がってくるのが見えた。
「風だわ!風の気配がするわ」
二人が見守る中、眼下に現われたのは大きな岩の牢屋だった。
カーナはタカオと共に地面の上に降りると、その牢獄に近づいた。
牢屋には男が座っていた。
白い象牙のような肌を持ち、銀色の髪を持つ人間離れした容姿をもっていた。そして牢屋の中は風でも吹き荒れてるのか男の長い髪の毛が絶え間なく、そよいでいた。
「風ね。久しぶりね」
カーナが牢屋の岩の柵の前に立ち、腰に手をあててそう言うと、風とよばれた男――風の精霊は顔を上げた。
「ふん。火か。相変わらず軽薄そうだな」
「うるさいわね。長い間牢屋に閉じ込められている無力な奴に言われなくないわ。大方、木の気配でも感じて出てきたんでしょ」
カーナは馬鹿にするような視線を風の精霊に向けた。
火は風の木に対する思いが純粋で好きではなかった。
風は火と同様にとらわれない性格なのだが、どういうわけか風は木に対しては神に逆らうことをするまで執着していた。
「悪いか。オレは木のためにわざとこの汚らしい人間の世界にいるんだ」
「ふうん。じゃあ、自力でその檻破れるんでしょうね。風の精霊様?」
カーナは風の精霊を挑発するようにそう言った。
「できないことはないが。今までの長い牢屋生活で力が足りない。オマエなら簡単に壊せるんだろう?火の精霊様?」
そんな二人のやり取りを面白そうにタカオは黙ってみていたのだが、木の精霊が契約された今、時間を無駄にするわけにはいかなかった。
タカオは二人の間に入ると口を開いた。
「僕は急いでるんだ。無駄話は後にしない?風の精霊、力がいるんだろう。僕の精気をあげるよ。それなら十分だろう。」
タカオの言葉にカーナはいやそうな顔をしたが黙っていた。
「人間の精気か。何百年ぶりだな…しかし、契約とやらを結ぶんだろう?面倒だな」
風の精霊はそう言うとタカオに背を向けた。
「契約はこの世界を破壊するまで。神様が作った失ったものの泉も壊すつもりだけど?風の精霊様は興味がないかな?」
タカオはその背中に向けて、説得しようとする様子もない感じで軽く語りかけた。
「ふうん。面白そうだな。神の奴に一泡吹かせられるかもしれない。木も二度と石に戻る必要もなくなるし…。いいだろう」
風の精霊は振り返りながらそう言った。
「オレに名前をつけろ。いい名前をな」
タカオは横柄な風の精霊の態度に笑いながら、考えるしぐさをした。
「フォンっていうのはどう?いい名前だと思うけど」
「ふん、いいだろう。ちょっとこっちへ来い」
タカオが岩の柵に近づくと、風の精霊が手を伸ばしてその唇にそっと触れた。
「男とキスするような趣味はないからな」
風の精霊はそう言いながらタカオの唇から得たエネルギーを手に集め、口に入れた。
「味は悪くないな」
その言葉が聞こえるのか先か、牢獄の中に嵐が発生した。
「タカオ!あぶない!」
カーナはとっさにタカオを庇うように抱くと、後ろに飛んだ。
弾ける音とともに、岩の牢屋が破壊されたのがわかった。
「あー、長かったな!」
砂埃の中から声がすると風の精霊フォンが現れた。
牢獄にいた時と体型に変わりはなかったが、銀色の髪は短くなっていた。
「さあて、ご主人様。木のところに行こうか」
フォンは皮肉気にタカオに笑いかけた。