その父ガルナン
「レン、遅かったな!」
家に帰ったガルレンを迎えたのは父親のガルナンだった。
母親はガルレンを産んだときに亡くなっており、今日まで11年間、ガルナンは男手一人でガルレンを育ててきた。
ガル一族はもうガルナンとその息子ガルレンしか残っておらず、ガルナンを助けるものは誰もいなかった。
「父さん、今日はお客さんがいるんだ」
息子がうれしそうに連れてきたお客、ケンジとユリを見て、ガルナンは人懐っこい笑顔を向けた。 しかし、その目的を知ると表情を硬くし、黙りこくる。
「申し訳ないが私は協力することができない。あんた達個人の目的のために木の精霊の力を渡すわけにはいかないのだ」
「父さん!」
ガルナンは、いつもは温和な父が厳しい口調でケンジ達にそう言うのを聞いて、驚いた声を出す。
「でもガルナンさん、武田係長が来たら殺されてしまうかもしれないですよ!」
ケンジはどうにか説得しようとそう言ったがガルナンは首を縦に振らなかった。
「それでもいい。悪用されるよりはましだ。帰ってくれ」
そしてガルナンはそう言い残すと2階の部屋へ上がっていった。
「父さん!」
ガルナンは父に呼びかけたが、再び1階に下りてくることはなく、その堅い意志にケンジ達は宿に戻るしかなかった。
「あー、嫌になるわねぇ」
火の精霊カーナは腰に手を当ててつぶやいた。
この世の果ての谷と呼ばれるところは、谷というよりも荒野といっても言いぐらいに変化していた。
山らしくものは存在せず、大小の岩山が辺りに転がっている。
「風はこの辺にいないのかしら?」
カーナはため息をつくと、後ろで山や谷が破壊されていく様子を見ていたタカオのところへ歩いていった。
「ねぇ。タカオ、ちょっと疲れちゃったわ。精気もらってもいい?」
タカオから返事がないまま、カーナはその頬を両手で包み、唇を重ねる。
精霊と言えども人体化しているので体のつくりは人間と変わらなかった。
タカオはカーナの唇の感触を楽しんでいた。
それは10年前に上杉カナエと過ごした日々を思い出させた。
甘い、切ない思い出。
あの柔らかいスレンダーな体、普段とは違う熱を帯びた瞳の輝き、
そして硬く閉じられた甘い唇……
「ふっ」
タカオはふいに笑いたくなった。
「タカオ?」
カーナが顔を上げて、いぶかしげにタカオを見つめる。
「本当、まいちゃうよね」
カーナの視線にタカオは目を猫のように細くして笑った。
この体にまだ残るタカオの心、記憶が、上杉を殺せなかったのだろう。
「本当、光の噴水の無能ぶりにはうんざりだ」
タカオは吐き捨てるようにつぶやくと風の剣を掴み、横に振り切った。
剣から風が発生し、一帯にあった岩山を吹き飛ばす
「ふうん、やっと風の剣らしくなったみたいだね」
風の剣の効果にタカオは楽しそうな笑みを浮かべ、今度は剣を両手で構えて力いっぱい振り切った。
すると剣から竜巻のような風が巻き起こり、すべてのものを吹き飛ばす。
裸になった地表に残ったのはタカオと真っ赤な色を持つ火の精霊カーナだけだった。