過去に溺れるカナエ
タカオを初めて見たのは高校の入学式だった。
背が高く、甘いマスクのタカオには女生徒の人気が集中した。
2度目に見たのは高校で初めての授業のときだった。
タカオはいつも人に囲まれ、穏やかな笑みを浮かべていた。
人に馴染まず、特定の友人としか話をしない上杉カナエとはまったく逆だった。
そんなタカオと話すようになったのは同じ空手部に所属するようになってからだった。
小学校から空手を習っていたカナエは一年生のときから期待されていた。
タカオは空手は初心者だったのだが、その上達ぶりは早かった。
女子と男子は練習を共にしないのだが、カナエの空手暦を見込まれて時々男子の組み手の助っ人として呼ばれるときがあり、その際にタカオの相手になることが多かった。
部活で見るタカオは教室で見るタカオとは雰囲気が異なり、切れ味のいい刃物のような視線をカナエに向けた。
組み手中であれば当然なのだが、カナエはそれ以外になにか別のよくわからない感情をタカオから感じていた。
そういうこともあってか、カナエはタカオという存在が自分にとって理解不能で、苦手意識しかなく、部活で話すことといっても授業のことなどだった。
「ねえ。上杉。体で急所っていえばどこになるの?」
ある日タカオがふいに教室で話しかけてきた。
回りにいた女子も驚いたようで、すこし距離を置いて、カナエたちを見ているのがわかった。
「えっと、空手だと水月って部分でみぞおちのところだと思うけど」
戸惑いながらカナエが答えるとタカオは猫のように目を細くした後、微笑んだ。
「ありがとう。じゃ、また放課後、体育館でね」
2年になってもタカオとカナエの関係は変わらなかった。
ただカナエはタカオとできるだけ二人っきりにならないようにしていた。
1年の時の部長の送別会でタカオに掴まれた腕の感触が、時々よみがえりカナエに警告してる気がしていた。
そして2年生のあの日、二人の関係は激変した。
「休まないのか?」
ベランダの椅子に座ってぼんやりしてるカナエにべノイは話しかけた。
「病気じゃないからな。腕の傷だけだ」
カナエは振り返ろうともせず、そう答えた。べノイが自分に興味あることは知っていた。しかしカナエは色々詮索されるのが嫌だった。
「タケダのせいか?」
「お前には関係ない」
カナエはそう言って逃げるように椅子から立ち上がった。
べノイは部屋に戻るとするカナエの左手を掴んで引き止めた。
「タケダの心を取り戻してどうするつもりだ。いまさら意味があるのか」
その問いにカナエはべノイを射抜くように見つめただけで何も答えなかった。
そしてカナエはべノイの手を振りほどくと部屋に戻った。
そんなことはカナエが一番知っていた。
心を取り戻したところで、それはタカオが苦しむだけだ。
あれだけの人を殺した。
石を集めるのは本当に重要なことなのか。
自分は本当にあの世界に帰りたいのか。
カナエ自身、自分が何をしたいのかわからなかった。
ただ、あの時、
タカオと対峙したとき、殺されてもいい、
むしろ殺されたいと思った自分がいたのは確かだった。