それぞれ
「カナエ、ほら。俺の特製スープだぜ」
白いエプロンを巻いた筋肉質の男、ベノイは嬉しそうにスープの入った皿をカナエのテーブルに置いた。
額についた傷が普段のベノイの勇士を語っているのだが、白いエプロン姿ではその勇士も形無しだった。
「ありがとう」
カナエはぎこちない笑みを浮かべてとりあえずお礼を言う。
腕の傷口はふさがったが、まだ上げたりすることはできなかった。
「俺が食べさせてやろうか」
ベノイはカナエのスプーンを持ちながらそう聞いた。
「いや、いい。自分でできるから」
そう言ってカナエは左手でスプーンをベノイの手から受け取った。
「なんだ。遠慮しなくてもいいのに……」
ベノイは残念そうな顔をしてエプロンを外し、向かいの席に座る。そしてカナエの顔をじっと見つめた。
「ナトゥとダリンは?」
ベノイの視線を避けて、カナエは周りを見渡して聞いた。
時刻は遅い昼食時間だった。
その時間になっても現れない二人にカナエは違和感を感じていた。
「なんでもお腹すいてないらしいぜ」
「?」
その答えは腑に落ちなかったがカナエはとりあえず温かそうなスープをいただくことにした。
タカオとの戦いで身も心も疲れていた。
口に含んだスープはとても優しく、冷たくなった体と心を温めた。
「おいしいだろう?」
さっきまで硬い表情だったカナエがスープを飲んで柔らかな表情に変わったのを見て、ベノイは嬉しそうに笑った。
「これがこの世の果ての谷ね」
タカオは眼下に広がる底の見えない薄暗い谷底を見下ろしてつぶやいた。
火の精霊カーナは、神が自分の命令に逆らって人間の世界に降り立った風の精霊を、人間の世界のこの世の果ての谷という場所に幽閉したことを知っていた。
微かな風の精霊の気配を探って瞬間移動してきたのだが、正確な場所がわからず、この石で造られた山脈が広がる土地に降り立ったのだ。
この場所は灰色と黒色のものだけで覆われていた。
空は薄暗く曇り、山々は石で覆われ、緑など一つも生えてなかった。
「確かにこの世の果てって感じだね」
タカオは楽しそうに笑った。
「カーナ、とりあえずこの一帯を壊してみるのはどう?探す手間が省けるかもしれないよ」
「タカオ~。それはいい考えね。本当タカオってアタシと同じ感性だわ」
カーナは眼を輝かせて微笑むとタカオの前に立ち、手の平を宙に向けた。手の平に熱い炎の塊が作られていく。
「じゃあ、まずは一発!」
カーナは出来たばかりの炎の球を掲げると、谷に向かって投げ捨てた。
「橘さ~ん。僕、疲れたよ」
ユリに腕を掴まれ、引きずられるようにして歩いて数十分後、ケンジは根を上げて、座りこんだ。
「もう、ちょっと。座らないでしょ。
ほら。ターゲットはもうすぐそこだから」
そのユリの言葉にケンジはほっとして腰をあげた。
地図が指す目的地は目の前を指していた。
その方向を見ると、T字路の真ん中で10歳くらいの少年がきょろきょろと、首を左右に振り、何かを探しているようだった。そしてその服装は小汚い感じで、靴は穴が開いていた。少年はケンジ達の姿を見ると慌てて逃げ出した。
「あ、待って!」
ケンジとユリが追いかけたが、T字路の奥の袋小路に入ったはずの少年の姿は消えていた。
しかし手元の地図をみると矢印がケンジ達の前を指し、点滅して動いていた。
「今の子が石の管理者……?」
ケンジとユリは顔を見合わせた後、少年が消えた袋小路を再度見つめた。