前触れ
静かな森の中に突如、火の塊が現れた。それは大きく燃え上がると、二つの分かれる。
そして次第に小さくなり、人間の形になった。
「タカオ、着いたわよ」
火の精霊、カーナをそう言ってタカオとともに地面に降り立った。
「便利な魔法だね。どの辺に上杉達がいるかわかるかい?」
タカオの言葉にカーナは目を閉じたが、すぐに首を横に振った。
「水の結界の中にいるみたいでわからないわ。でも結界がまだあるってことはアンタの仲間はまだ水の石を手に入れてないってことになるわね」
「でも水の結界の中ってことは時期に入手する可能性が高いってことだよね」
タカオが腕を組んで、カーナを見つめた。するとカーナは面白くなさそうにむくれた顔になる。
「わかってるわよ。急がなきゃね。あ、そーだわ!」
カーナが何かを思いついたように含み笑いを浮かべた。その赤い瞳は輝きを帯びている。
「近くに小さな村があるみたいなの。居所わからなきゃ、教えてもらえばいいのよ」
カーナはその思いつきが楽しいようで歌うようにタカオに言った。
「素直に教えてくれるかな?」
タカオは同様に目を輝かせながらカーナを見る。火の精霊はその言葉に満面の笑みを浮かべた。
「教えてくれなきゃ、村全体を燃やしちゃうしかないわよね~」
「そうだね。それは避けたいけど。村人が素直な人たちだったらいいね」
二人はそんな会話をしながら、楽しそうに近くの村―パレドに向かって歩き出した。
「ナトゥ。いよいよ、火の精霊が現れたぞ」
ダリンは宙を見上げながらそう言った。
「馬鹿な。場所はわからないはずじゃ」
ナトゥはダリンの言葉に信じられない様子だった。
「お前の持ってる奇跡の星のかけらの気配を追ってきたのだろう」
「しまった。そう言うことか!」
ナトゥは悔しそうに懐から奇跡の星のかけらを取り出した。
「この場所は水の結界に守られてるから、火の精霊に気づかれることはない。やつらがわかるのは結界に入る前までだ。しかし入り口を見つけることはできないだろう」
ダリンは硬い表情を崩さずそう言った。
「近くに村がある。何もなければいいのだが……」
ジャランの西の村やジュネでは、大量の命が奪われた。悪魔のような男と破壊好きな火の精霊、ダリンは自分の心配が現実に起こりうることを知っていた。
パレドには世話になった人たちが住んでいる。
「どうか何も起こらぬように……」
ナトゥはめずらしく祈るようにそうつぶやいたダリンをただ見つめていた。
おいしそうな香りが部屋の中を漂っている。
テーブルにはパン、ハム、スープ、フルーツなどが置かれていた。
「俺の作ったスープだが、なかなかうまいと思うぜ」
料理という言葉がまったく似合わない男、べノイはそう言った。
ケンジはぐるぐると空腹を訴えるお腹を押さえてテーブルに並ぶ食べ物を見つめる。
結局、あれから3時間ほど稽古をしたが、水の剣を使えるようにはならなかった。
ユリは不機嫌そうにケンジの横に座っている。
ケンジはユリの顔色をうかがっていた。
まずいなあ。
結局全然使えるようにならなかった。
構えとかはある程度わかったんだけど……
ケンジの視線にユリはため息をつくと口を開いた。
「お腹すいてるんでしょ。食べれば?」
にこりと笑いもせず、ユリはそう言う。
「山元くん。まあ、剣の道は厳しいよ。明日がんばろうか」
カナエは微笑みながらケンジにハムの入った皿を渡した。
「ウエスギ……じゃなかった。カナエ。お前は俺以外には優しいよな」
べノイは面白くなそうにカナエを見た後、目の前に座るケンジを見つめた。
「筋はいいと思うぜ。あとは気合だな」
そしてぽんとケンジの頭に手を置く。
ユリはその様子を見ながら、一人で黙々とパンをかじっていた。
ケンジはユリの様子を気にしながらも空腹には勝てず、カナエの差し出したハムを手に取ると食べ始めた。