へたれケンジの特訓
「ダリン……。どうか、水の石を守ってくれ。お願いだ……」
息絶え絶えにエンタルはそう言って、青い石をダリンに託した。
青い石は血で汚れていた。
「エンタル、死ぬな。私を置いていくな」
ダリンはその石を受け取り、泣きながらエンタルを抱きしめた。
「お願いだ……私を一人にしないで」
「ダリン、ダリン」
ダリンは自分を呼ぶ声に起こされた。
神殿に設置してある、寝床で休憩していたところ、寝てしまっていたらしい。
心配そうにダリンを見つめるのは、年老いた戦友のナトゥだ。
「本当、爺になったな。ナトゥ」
ダリンは寝床から体を起こしながらそう言った。
「それを言うならお前もじゃ」
ナトゥはほっとして笑った。
神殿の奥に入ってから長い間戻ってこないダリンを心配して、ナトゥは様子を見るために来たのだ。
すると体が冷え切ったダリンが寝床で横になっていた。
「心配させるんじゃない。体が氷のように冷たくなっていたぞ」
ナトゥの言葉を聞いてダリンは笑った。
「水の巫女というのはそういう風になるらしい。先代もそうだった。私も何度か度肝を抜かされたことがあった」
ダリンは遠い眼をしながらそう語った。
その視線にナトゥはダリンの先代への思いを感じずにはいられなかった。
「ケンジ、もう一度だ!」
ベノイはそう叱咤した。
かれこれケンジとベノイが訓練を始めて2時間ほどが過ぎようとしていた。
ユリは火の弓矢を完全にものにして、矢を射ると炎を発生させることまで、できるようになっていた。
カナエも地面に向かって拳をつくと、土を使って攻撃できることを習得していた。
「上杉さん、あの様子じゃ…… いつ、水の剣を使えるようになるか、わからないですよね」
ユリはため息交じりにそう言った。
隣に座っているカナエも、へろへろになってベノイの指導をうけるケンジを見て、そう思わずにはいられなかった。
「武田さんが火の精霊ときちゃったらどうしましょうか……」
その言葉にカナエはただ前方を見つめる。しかし何かを見てる様子はなく、考え事をしているようだった。
「さて、この辺で休憩するか」
ベノイがそう言うと、ケンジはその場に倒れこんだ。
た、立てない……。
こんなに体動かしたのは始めてかもしれない。
ケンジが地面の上で倒れこんでいると、ふと誰かが近くにいるのがわかった。
顔を上げるとユリが皮の水筒も持って近くに来ていた。
「ほら、お水。飲まないと熱失神するわよ」
ユリは皮の水筒をへたれてるケンジに投げつけると、また木の陰のカナエ達が休憩してる場所へ戻る。
橘さん……
ケンジは体を起こすと皮の水筒を抱え、ユリの背中を見つめた。
急にどうしたんだろう。
昨日まではあんなに僕に冷たく当たっていたのに……
「山元くん、それ飲んだらしっかり訓練しなさいよね。今日中に水の剣を使えるようにならなかったら私の火の弓矢の的にするわよ!」
「そんなあ……」
その言葉はケンジが先ほど持っていた感謝の気持ちを消し去るには十分だった。
やっぱり橘さんは橘さんだ……。
感謝して損した…。
「さあて、ケンジ。訓練再開だ!」
ケンジが水を飲み終わるのを待って、ベノイはそう声をかける。
「だって、まだ休憩したばっかりだよ……」
嘆くケンジに構わず、ベノイは剣を構えた。
「はあ……」
ため息をつくとケンジも剣を仕方なくを構えて、ベノイに対峙した。