水の石の巫女
森の中の洞窟を潜るとそこは地下のはずなのに、明るい光があふれていた。
「光の魔法か…」
ナトゥはなつかしそうにそう言う。
べノイに案内された場所は、地下とは思えない場所だった。
森の一角がそこに再現され、木々や草花が青々と生い茂り、色とりどりの蝶々が飛んでいた。
森の中心には池があり、そこには小さな神殿らしきものがあった。
「あんたの家はどこにあるの?」
ユリが寒そうに肩をさすりながら聞いた。
「あれだ」
べノイが指差す方向に小さな木の家があった。
「ダリンに会う前に風呂に入ったほうがいいよさそうだな」
寒さで青白くなっているユリやケンジたちを見て、べノイはまず家に案内することにした。
「べノイや。わしはさきにダリンに会うことにしたいのじゃが。いいじゃろうか?ダリンはあの神殿の中じゃろ」
「あ、ああ。そうだ」
ナトゥはその言葉を聞くと返事もせず池のほうへ歩いていく。
べノイはその様子を怪訝に思いながらもケンジ達のことを優先にすることにした。
「あんた、本当に風呂入らなくてもいいのか」
水が滴る髪をタオルで拭いている上杉カナエにべノイはそう聞いた。
ユリはすでにお風呂場に行っており、部屋にはカナエとべノイ、そしてケンジがいた。
「ああ、私は風呂が嫌いだ」
カナエはそう答え、目を細める。
彼女が男になってから一番嫌なのことが体を見ることだった。
自分の男の体をみると、武田を彷彿とさせ、彼と過ごした高校時代を思い出した。
「あの部屋を借りてもいいか。着替えたいんだ」
「いいぜ」
前方の部屋を指差すカナエに、べノイはうなずいた。
部屋に入るカナエの背中を見送った後、べノイはケンジに聞いた。
「あんたの仲間、ウエスギだっけ?なんでここで着替えないんだ?」
ケンジは濡れたシャツを脱いで貧弱な上半身体をタオルで拭いていた。
「あ、どうしようかな……。時期にわかると思うから話しておくけど、上杉主任は元は女性なんだ。光の噴水のせいで体が変化しちゃったんだ」
「なんだって?!」
そしてケンジはべノイにこれまであったことを話し始めた。
「久しぶりじゃの。ダリン」
ナトゥは長い白髪の巫女の後ろ姿に向かってそう話かける。
「ああ、ナトゥか。40年ぶりだな」
ダリンはそう言って振り向いた。
振り向いたその顔はずいぶん年をとっていたがその笑顔は変わらず美しかった。
「すっかり爺になったようだな」
「お前もすっかり婆じゃの」
ダリンの言葉にナトゥは笑い返す。
「いつから水の巫女になったんじゃ。先代はたしかあのころまだ20代だったと思うが……」
「30年前くらいだ。数人の夜盗に襲われてな。敵を倒すことができたが、わたしは先代を守れなかった……。生き残ったものは私だけで、息を引き取る前の先代から水の結界を継承するしかなかった……」
ダリンは遠い眼をしてそう答える。
その額や目元、首筋に深いしわが刻まれていた。
30年間、ベノイとたった二人でここで暮らしていたのだろう。
結界内を離れないない巫女は、息子のために光の魔法と使い、ここを森の姿に変え、彼を育てあげたのだろうと思い、ナトゥは彼女の苦労を想った。
ダリンはナトゥのいとおしむ視線を感じると、表情をきりっと厳しいものに変えた。
「お前がここに来るのではないかと思っていた。火の巫女はむごい殺され方をしたようだ……」
ダリンは眼を一度閉じた後、立ち上がった。巫女装束についている青い石がぶつかり合い、音を立てる。
その額には火の巫女がしていたものと同様の石が付けられていたが色は青色だった。
「とうとう、石を集めるものが現れたようだな」
「そうじゃ、邪悪なものだ。石をすべて集めさせてはならない。ダリン、水の結界を解くときがやってきたのだ」
そう言ってナトゥは年老いた巫女、ダリンを見た。
年はとっているがその瞳の輝きは昔と変わらなかった。
「まだ早い。お前の連れてきたものに水の石を渡すことはできない」
ダリンはナトゥの真摯な瞳を見つめかえし、そう答える。
「ど、どういうことじゃ。そんなこと言ってる余裕はないのじゃ。タケダというものが火の精霊を連れてやってきたらどうするつもりじゃ」
ナトゥはダリンの言葉に少し声を荒げて言い返した。
「ナトゥ。早いのだ。準備ができてないものに渡すとバルーのように、石の力に取りつかれてしまう」
ダリンはため息まじりにそう言うとナトゥに背を向ける。
ナトゥはその背中を見つめながら何も言うことができなかった。