戦士ベノイ
現在連載中の「南国の魔法」は現実世界は東南アジアの某国を参考にしていますが、この作品はフィクションであり現実の場所、ものとは関係ありませんのでご了承ください。
ばっしゃん!
気がつくと山元ケンジ、橘ユリ、上杉カナエは水の中でずぶ濡れになっていた。
全身だけでなく、その荷物までもがびしょぬれになっており、ケンジはぶるっと震えるとくしゃみをする。
しかし自称勇者の末裔、ナトゥだけは子供コブラを首のまわりに襟巻のように巻き、素知らぬ顔でふわふわと宙に浮かんでいた。
「何よこれ!ずぶ濡れじゃないの!」
それは、数分前のこと……
ジャランのナトゥの家から、地図が示した水の石の位置――水の都クランを目指すべく、ナトゥが瞬間移動の魔法を使った。
移動はできたようなのだが、なぜか落下地点が池の上だったのだ。
「ここは本当クランなのですか」
カナエが疑わしそうにナトゥを見る。
周りは鬱蒼と木が生い茂る森の中で、ケンジ達が落ちた所にだけ大きな池があった。
やっぱり、このじじい……
信用できない。
「クランのはずじゃ、わしの魔法は正確だからじゃのう」
ナトゥはふわふわと浮かびながらそう言ったが、誰一人として信用してなかった。
「誰だ!お前らは?ここにどうやって入った!?」
突然、男の怒声が森の中に響く。
振り向くと頑丈そうな鎧を着た、背の高い筋肉質の男が剣をこっちに向けて立っていた。
その目つきは鋭く、額には大きな傷があった。
さ、山賊ってやつか??
ケンジが息をのみ、カナエはいつでも戦えるように構えをとる。
ユリはその背中に隠れるように逃げ込んだ。
「あ、あれ?あんた、もしかしてナトゥ?!」
男の声が急に和らいだ。その視線は宙に浮いてるナトゥを向けられている。
「俺の母、じゃなかった。巫女のダリンが黄色いターバンを巻いた、魔法使いのナトゥという人が来るかもしてないって言ってんだけど、あんたか?」」
男は剣を腰にしまってそう聞いた。
「ダリン!お前さんはダリンの息子か!」
ダリンという名を聞いてナトゥが宙から嬉しそうに降りてくる。
巫女ダリン?
誰だよ。それは……
だいたいナトゥは占い師じゃなかったのかよ。
魔法使いって?
勇者の末裔とかも言ってたし……
やっぱりこのじじい、怪しい……
一同が状況を把握できないまま見守る中、男はナトゥに握手を求める。
「俺の名はベノイ。水の石の巫女を守る戦士だ」
「わしはナトゥじゃ。水の石に用がある。ダリンが巫女であればちょうどいい。水の石のところへ案内してくれないか」
ナトゥはベノイの手を握り返しながらそう尋ねた。男は観察するようにナトゥとケンジ達を見つめたが、頷く。
「いいだろう。案内するぜ。俺についてきな」
そしてケンジ達に背を向けると歩き出した。
「え、待って!濡れたままでいくの?風邪引いちゃうわ」
ユリの言葉にベノイは笑顔で振り向いた。
「心配しないでもいいぜ。お嬢さん。水の石は俺の家の近くだ。家に着替えもあるし。何なら風呂も準備してやるぜ」
ベノイは心なしか嬉しそうにそう言う。
「お、お風呂?本当??」
この世界に来てから水浴びのみで、お風呂に入れていないユリはそんなベノイの態度に気づいてないようで、単純に喜んだ。
水の石と家が近く??
水の石ってたしか結界張られていたんじゃ……
どういうことだ?
「そっちのきれいどころもずぶぬれのようだな」
ベノイは池から出るためにユリに手を貸してるカナエにウインクをする。
「私は、着替えだけで結構だ」
カナエはべノイの視線に居心地悪そうにそう答えると荷物を持ち直した。
このベノイってやつ。
上杉主任にまで色目使いやがって……
ゲイってやつか???
上杉主任って顔はきれいだけど、今は男にしかみえないし。
怪しい……
「そっちの坊主にも適当に服貸してやるから安心しな」
ベノイは怪訝な視線を投げかけるケンジにもそう声をかけると、再び歩き出した。
先行きに不安を感じながら、ケンジは皆と一緒にベノイの後をついて森の奥に入っていった。