いざ冒険の旅へ
「きゃ!」
突然、破裂音が部屋の中で響いた。
その音でユリは驚きのあまり近くにいたケンジに抱きつき、カナエは我に返った。
「なんの音?」
カナエがあたりを見回すとナトゥの目の前に置いてあった水晶の玉が、二つに割れていた。
割れた水晶をみてナトゥは表情を変え、ユリは我に返り慌ててケンジから離れる。
「ちょっと勝手に抱きつかないでよね」
しかもユリは睨まれてそう言われ、ケンジを顔を曇らせた。
自分から抱きついてきた癖に、なんだよ。
橘さんはいつもそうなんだからさっ!
でも橘さんの体ってマシュマロみたいに柔らかかったな……
「これはまずいぞ。火の結界が破られたようじゃ」
ケンジがにやけながらそんなこと考えてると、ナトゥが割れた水晶を見て、動揺していた。
「破られたってことは、誰かが火の石を入手したってことですか?」
カナエの問いにナトゥは頷くと、ぐるぐると椅子から立ち上がる。
「そうじゃ、きっとお前たちの仲間に違いない。まずいことになったぞ」
そして家の中をぐるぐると歩きまわり始めた。
「火の石が一番やっかいなんじゃ。これで水の石まで手に入れられたら……。そうじゃ、お前ら、確か土のグローブ、火の弓矢、水の剣を持っているそうじゃな」
「そうらしいですが、それが何か…」
不意の問いかけにカナエが律儀に答える
「それがあればお前達の仲間、確かタケダだったな。そのタケダという奴に対抗できるかもしれないぞ」
ナトゥは立ち止まり、3人を見つめると武器について語る。
精霊の宿る5つの石以外にも精霊の力が使える武器がいくつか存在し、それがガイドからタカオとケンジ達に渡された武器らしいのだ。
「お前ら水の石の場所がわかるようじゃな」
さらに占い師はそう問いかける。
「この地図を使えばわかりますが、奇跡の星の位置がここを指すようだから、正確さはかなり怪しいですよ」
ケンジは眉間に皺を寄せながらナトゥに地図を見せてそう言った。
手元の地図は奇跡の星がここにあることを示していた。
「はっはっはっ。心配するな。正確じゃ」
ナトゥはケンジの戸惑いを吹き飛ばすように笑い出す。
「わしの祖先、伝説では勇者じゃが。奇跡の石を5つに戻す前にその一部をこの水晶にいれたのだ」
そう言われ、ケンジ達が視線を向けると砕けた水晶の破片に混じり、茶色の小さな石の姿が見えた。
「タケダに水の石を手に入れられたらやっかいじゃ。先を急ぐぞ。お前達、旅の仕度をしてここに戻ってくるんじゃ。場所がわかればわしの魔法で一瞬でその場所に連れていけるぞ」
本当かな。
このじじい、魔法使えるのかな。
どうみても胡散臭いけど。
ケンジが疑いの目でナトゥを見るとナトゥは咳払いをする。
「ほら、急ぐのじゃ。手遅れになってもしらんぞ」
ナトゥにせかされ、他に頼るものがないケンジ達は荷物を取るために宿に戻ることになった。
「気をつけていくんだよ。また戻ってきな」
マーラはケンジ達にパンや水、金貨を少し分けると宿の外まで出てきて、名残惜しそうに見送った。
「マーラはあんたと別れるのがさびしいみたいね」
「え??」
見た目は可愛い同僚はふいにそうケンジに言葉を残すと美青年になった上司のほうへ走っていく。
ぼうっとしてるケンジの先で、上司は荷物を抱えて先を歩いていた。
どういう意味?
宿を振り返るとすでにマーラの姿は奥に消えていた。
なんなんだよ。橘さん……
ユリに言葉に首をかしげる。
しかし、ケンジは首を左右に振った後、気合を入れる。
これからいよいよ、いわゆる冒険の旅という現状で、ケンジは幾分緊張していた。
しかも敵はどうやら係長の武田タカオだ。
冴えない会社員のケンジは血で汚れた風の剣を携えて笑うタカオの姿を思い出し、ぶるっと震える。
そして同時にタカオによって傷つけられた男の血の匂いまで思い出し、気分が悪くなる。
大丈夫。
武器もあるし、心強い上杉主任もいる。
あと変だけど役に立ちそうなじじいも……
きっと大丈夫だ。
きっと…
そう思い、見上げた空はあの最後に現実世界でみた空と同じように、青く澄み切っていた。