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南国の魔法  作者: ありま氷炎
後日談
149/151

南国のクリスマス5

12月のシンガポールは意外にそんなに暑くないことにタカオは気づいた。営業先のスタッフが言うには雨季の時期に入っていて、少し気温が下がっているらしい。空を見ると以前来たときは青い空が頭上一面に広がっていたが、今はその空が黒い雲に覆われて雨が降り出しそうだった。


「確かフードセンターで待ってるって言ってたっけ」


タカオはホテルの部屋から出るとロビーを抜けた。ホテルの横には現地の人が利用し、安い値段で食事ができるフードセンターが隣接していた。

メイリンもタカオもなんでも食べられるほうだったので夕食はフードセンターで取ることにしたのだった。

メイリンは白い少し汚らしい円卓がたくさん並んでいるうちの後ろのほうに座っていた。そしてその横には薄汚れたTシャツをきた中年の男が座っていた。


「走开!(あっち行って!)」

「你要钱吗?多少?(お金必要だろう?いくらだ?)」


そんな会話が聞こえた。

タカオが近づくと男はびっくりして逃げていった。


「美琳。你好吗?(メイリン、大丈夫?)」


 男が去った後、タカオがそう聞くとメイリンはタカオに抱きついた。そして悔しいとその腕の中で泣いた。

 シンガポールは多民族国家であるがおよそ75%以上が華人であった。そして中国大陸から来る一部の女性が売春をしてることもあり、現地のスケベな中年や老人が中国人女性と見ると声をかけることがたまにあった。メイリンはそういう風に思われたのが悔しくて泣いているのか、中国人女性皆が そう思われるのが悔しく泣いているのかわからなかった。

 しかしその悔しさは理解ができた。タカオは子供をあやすようにその背中を泣き止むまで摩りつづけた。


 それから、メイリンはますますタカオに言い寄るようになってしまった。好きな彼女がいて、別れるつもりはない。あきらめてくれと何度も言っても、結婚してないからまだチャンスはあると引き下がらなかった。

 メイリンは妹のようでかわいかったが、タカオにとってカナエに変わる存在はこの世にいなかった。



「ごめん。カナエ!ケルビンがどうしてもって言うの。夕飯付き合ってあげて」


 ジュディに頼まれてカナエはしぶしぶケルビンと夕食を一緒にとることになった。しかし場所はカナエが指定し、人が多くいるレストランにした。


「スンさん」


 ケルビンの姿が見え、カナエは椅子から立ち上がった。


「カナエさん、どうぞ。座ってください」


 ケルビンは嬉しそうで、カナエが座るのを確認するとその向かいの席に腰を下ろした。


「今日はどういうご用件でしょうか?」


 カナエはケルビンと視線を合わせないようにして口を開いた。彼はカナエのそんな様子に苦笑する。しかし眼鏡の奥の瞳は笑っていなかった。

 それは奇妙な光を帯びているように見えた。


「カナエさん、やはり私はあなたが忘れられません。でもあなたが私の物になるのは無理だと分かっています。そこで取引しませんか。一度だけ、私に抱かれてください。そうすれば私はあなたのご友人の会社の製品を買い続けましょう。もしそうでなければ私の力で会社を潰します」

「な、何を」


 カナエは眼を見開いてケルビンを見た。


「先週蹴られた時に会社を潰すか考えたんですが、止めました。やはりあなたを一度抱いてみたくなりました。あなたは美しいから」


 ケルビンはそう言って彼女の髪を触れた。カナエはその手を払いのける。

 すると彼は皮肉な笑みを浮かべた。


「ジュディの会社の命運はあなたの態度次第です。これは私の携帯電話の番号です。決心がつけば電話をください。3日間待ちましょう」


 ケルビンは小さな名刺をテーブルの上に置くと立ち上がった。


「それではまた」


 カナエはケルビンの笑みを忌々しく見送った後、テーブルの上に置かれた名刺に視線を向けた。


「3日間か……」


 3日後はクリスマスイブだった。そしてその日仕事帰りにシンガポールに行く予定になっていた。


(警察にいってもだめだろうな。ケルビンほどの実業家であれば警察の上層部につながっているのは必須だった。一度だけ、一度だけなら…いいだろうか…?)


 ふとタカオの顔を思い出した。

 カナエが愛する男…

 そしてカナエを愛する男…


 しかし、カナエはそれと同時にジュディがどれだけ会社に力を注いできたか、この半年間でみたことも思い出していた。


(私が応じなければ確実に会社は潰される。この街は力がすべてだ。武田……。一度だけ、一度だけだ。許してくれ)


 翌日、カナエは電話をした。

 そしてその夜会うことになった。


 ジュディはケルビンとの夕食についてカナエに聞いた。しかしカナエは何も言わなかった。ただ青白い顔を見せ、寝不足の様子だった。何かあったのは確かだとジュディは感じていた。


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