南国のクリスマス4
きーんと頭の中で音がした。
電話から聞こえた声で隣にいたジュディも顔を上げる。
「上杉ごめん、会社の子。日本語覚えたばかりなんだ。後で説明するから」
雑音が聞こえた後に、タカオはあわただしくそう言うと電話を切った。
「今の子、多分大陸の子ね。かわいいわね。恋敵に一生懸命日本語で話そうとするなんて」
ジュディは呆然としてるカナエに意地の悪い笑みを浮かべた。
「カナエもぼーとしていたら彼氏取られるかもよ。みんな積極的なんだから」
カナエはジュディの言葉を聞きながら先ほどの片言の日本語を思い出していた。
(武田がシンガポールに出張といっていたけど、その彼女と一緒なのか。だから「ジャマシナイデ」って言ったのか……)
タカオのことを信じているけどカナエは先ほどの片言の日本語が頭から離れなかった。
家に帰ると誰もいなかった。
タカオがカナエより帰りが遅いのはいつものことだったが、今日はなんだか早く会いたかった。
部屋に入り着替えをすませ、ベッドに横になった。
自分達が再び付き合い始めたことで多くの人を傷つけた。
シンスケと正式に別れたときに、シンスケの両親はカナエの家族に冷たい言葉を投げかけた。シンスケは大人気ないと言っていたがカナエは当然の結果だと思っていた。
カナエの母はシンスケと別れたカナエのことが許せず、香港に来る際も見送らなかった。
タカオのほうもいろいろあったのを知ってる。
宮園ユキコさん……
やさしげな女性らしい人だった。
結婚まで決まっていたものが破談となり、その痛みは容易に想像できた。
自分達の関係のためにいろんな人が傷ついた。
人の痛みの上に自分たちの関係がある。
だからカナエは昼の電話くらいで少し不安になる自分が嫌だった。
「ただいま~」
少し疲れた声がしてタカオが家に帰ってきたのがわかった。
「お帰り」
カナエは部屋から出るとタカオにそう言った。タカオはカナエを見ると笑みを浮かべ、抱きしめる。
「ごめん。大丈夫?」
タカオはカナエが昼間のメイリンの変な電話で不安になっていると気づいていた。
「同僚のメイリンなんだ。なんか僕に気があるみたいで。でもきちんと上杉のこと話したし、心配しないで」
タカオはカナエの長い髪をその手に絡めながら、その髪に口づけた。
「僕は上杉しかいないから。愛してる」
タカオは唇をカナエの唇に重ねる。
唇からタカオの思いがじわりじわりと染み込んで行き、不安がすべて消えていく。
3日後、タカオはシンガポールに旅立った。
カナエとジュディはケルビンと昼食をとるために高級レストランに来ていた。
「やっぱりケルビンってカナエを気に入ってるみたいよね」
円卓に座り、ケルビンを待ちながらジュディはそう言った。
「かわいい子とシンガポールに行った彼氏はやめて、こっちにしたら。お金持ちだしハンサムよ。しかもうちのお得意様だし」
ジュディの言葉にカナエは黙ってその黒い瞳を向けた。
「冗談よ」
ジュディは意地悪そうに笑い、ケルビンがレストランに入ってくるのが見えた。
「すみません。遅れてしまいました」
相変わらずジュディ同様、流暢な日本語でケルビンはそう言った。その視線はカナエに向けられてる。ジュディはケルビンがカナエを手元に置きたいと思っていることに気づいていた。カナエにケルビンと関係を持ってほしいとは思っていなかったが、ジュディはタカオのことをよく思っていなかった。カナエが松山シンスケと別れ、タカオを選んだことが納得がいかなかった。
一度だけ香港でタカオと会うことがあった。ハンサムな優男だった。シンスケとはまったく別でジュディが嫌いなタイプだった。
その日の昼食は来年に向けて計画などを話すだけで終わった。
カナエは昼食中、ケルビンが自分に向ける視線に居心地悪さを感じていた。
「ジュディ、ごめん。今後スンさんとのミーティング、私抜きにしてもらえないか」
事務所に着くとカナエはジュディにそう話した。ジュディは渋い顔をした後、ため息をつく。
「しょうがないわ。いいわ。でもケルビンがぜひって言ったら一緒にいってもらうわよ」
「ありがとう。わかってる」
カナエはほっとして笑顔を見せた。