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南国の魔法  作者: ありま氷炎
おわり
139/151

それぞれの道

 目を開けると白い天井が見えた。


「ケンちゃん。ケンちゃん!」


 そして母が涙を流しながら自分を抱きしめるのがわかった。


 ああ、戻ってきたんだ。


 ベッドの上でぼんやりと母の泣き声を聞き、その腕の温かさを感じながらケンジはそう思った。


 1週間の間、富の噴水でケンジ達は行方不明になっていた。

 見つかったのは昨日で富の噴水付近で倒れているのを現地の人が見つけ、病院に運んでくれたらしい。


 現地でもニュースになっていたのですぐに日本大使館に連絡が行き、日本の会社に4人無事が伝えられた。そして会社の手配で家族と関係者がこの国にすぐに飛んできた。


「Mr. Yamamoto?」


 ふと現地の警察官の声でケンジははっと顔を上げた。ぼうっとしていたらしい。目覚めてから医者の診察があり、脳波の検査などを終わらせ、現地の警察官からの事情聴取を受けていた。

視界がぼんやりしていた。


 「山元さん、警察の方は本当に何も覚えてないのかと聞いています」


 警察官の隣にいる通訳の女性がそう言って僕を見た。


「はい、覚えてません」


 ケンジは女性の顔を見た後、隣の警察官に顔を向けそう答えた。


 信じてもらえるわけがない。

 頭がおかしな人だと思われて困るしな。


 ケンジは空白の1週間の間のことは覚えてないということにしていた。1週間も姿を消し、おかしな服を着ていたので誘拐されたのではないかと聞かれたが、ケンジは覚えてないと答えていた。


 そういう質問が繰り返され、ケンジが警察官から解放されたのは夕方だった。


 みんなどうしてるんだろう。

 ユリは?


 ケンジは疲れた体を無理やり動かして親が夕食に出かけた隙をみて、部屋を抜け出した。この世界に戻ってきて視力はまた元のように悪くなり、視界がぼんやりしていた。ケンジは壁に手をつけ、歩いた。


 確か近くの部屋にいるって言っていたよな。

 何号室が聞けばよかった……

 そんなことを思って廊下を歩いているとぼんやりと茶色のふわふわした髪が見えた。


「ケンジ!」


 その女性はそう名を呼ぶと走ってきた。そしてケンジの胸に飛び込む。


「会いたかった!」


 ケンジはそれがユリであることがわかっていた。でも顔がちゃんと見たくてその頬に触れ自分に向けた。そして目を凝らして見つめる。それは大きな瞳が印象的は大好きな橘ユリだった。


「ユリ、会いたかった!」


 ケンジはそう言いながらユリを抱きしめた。ユリは顔をケンジの胸に押し付ける。


「ユリ?」

「夢だったんじゃないかと思って不安だったの。夢じゃなくてよかった」


 ユリはケンジの腕の中でそうつぶやいた。その声は涙混じりだった。ケンジはユリを抱く腕に力をこめた。


「夢じゃないよ。僕達は一緒に旅をしてきたんだ」


 そうして二人はしばらくの間、人目に構わず廊下で抱きあっていた。



「武田くん?」


 夕日の光がタカオの目に刺さる。


「ごめん、カーテン閉めるね」


 宮園ユキコはそう言って部屋のカーテンを閉めた。ふいに部屋が暗くなった。

 タカオの両親と弟は夕食にいくということで部屋を出ていた。

 目覚めてから目まぐるしい検査の嵐と警察官の事情聴取で誰とも話をする暇もケンジ達に会うこともなかった。

 しかしタカオはあれが幻でも夢でもなかったことを知っていた。


 そう、僕はユキコに話さないといけない。

 僕はもう自分の気持ちに嘘がつきたくない。


 タカオが口を開こうとするとふいにユキコが立ち上がった。


「武田くん、私達結婚やめましょう」


 タカオは自分が言おうとしていた言葉を言われ戸惑った。そして彼女がどんな表情でそんなことを言ったのか知りたかった。


「ユキコ?電気つけて」

「つけないで。暗いままで聞いて。じゃないと私は何も言えなくなるから」


 暗い部屋の中でユキコの高い声が響く。防音がしっかりされているのか外の音が聞こえなかった。沈黙が流れ、ユキコが息を吸うのがわかった。


「私、昨日機内で松山さんに会ったの。彼も上杉さんに会うために来ていたの。お互いに顔を知らなかったから、色々話してたんだけど最後になってわかったの。彼の好きな人が上杉さんで、私の好きな人はあなただって。でもおかしいのよね。私も松山さんもお互いに自分達が本命ではないということを知っていたの。でも気持ちを止めれないの。馬鹿みたいな話よね。報われない……」


 タカオはユキコが涙をこぼすのがわかった。その頬に触れようとするとユキコは優しく拒否した。


「だから私たち、諦めることにしたの。自分達をこれ以上不幸にしないために」


 タカオは暗闇の中でユキコがはらはらと涙を流しているのがわかった。タカオはユキコの腕を強引に引っ張ってベッドの上の自分の胸に抱きしめた。ユキコの体が強張るのがわかった。

でもタカオは離さなかった。

 こんな風にユキコを傷つけている自分が許せず、声を殺して泣くユキコが愛しかった。


「ユキコ。ごめん。本当にごめん。僕は始めから君と付き合うべきじゃなかった。こんな思いをさせるなんて。僕は最低だ。だからお願いだ。僕を嫌いになって。そして新しい恋をみつけて」


 ユキコはタカオの腕の中でその言葉をじっと聞いていた。しかしタカオのことを忘れるなんてできないことはわかっていた。できるのであれば初めから好きにならなかった。


「ユキコ、僕は会社を辞める。君は僕がいない新しい未来を歩くんだ。幸せになって」


 タカオはユキコを抱いたままそう言った。

 自分のためにユキコの人生を狂わしてしまった。でもユキコとともに生きていくことはできなかった。もう自分の気持ちに嘘をつく気はなかった。



「母さんはもう知らないよ。勝手にしなさい!」


 松山シンスケとの結婚のことを聞かれ、結婚しないつもりだとカナエが答えると母はそう怒鳴りつけ部屋を出て行った。


「待ちなさい、こら!」


 父が慌てて母の後を追う。

 部屋に再び静寂が戻り、カナエと松山シンスケだけが残された。


「ちょっと外の空気でもすわないか」


 シンスケはそう言ってカナエに微笑んだ。


 二人が来たのは病院の屋上だった。頭上にオレンジ色の空が広がる。


「この国の空はなんだか近いよな」


 シンスケはそう言いながら空を見上げた。カナエも同じように空を見た。

言われてみれば空が近いような気がした。圧倒されそうなオレンジ色の空が上空に広がっている。


「カナエ、俺はすでにお前をあきらめている。だから気にするな」


 シンスケは空からカナエに目を向けるとそう言った。ふいにそう言われカナエはびっくりしてシンスケの顔を見つめた。


「シンガポールに来るとき、ちょうど飛行機の中で前園さんの隣になった。お互いの恋愛話になぜか盛り上がって、よくよく聞いたら武田の婚約者だということがわかった。でも彼女も俺同様本命じゃないことはわかっているんだよな」


 シンスケは自虐的な笑みを浮かべると再び空を見上げた。カナエは黙ってシンスケの言葉を聞いていた。


「お互いに好きでもないのに結婚するのは馬鹿らしい。だから俺達はすっぱり諦めることにしたんだ」


 そう言ってシンスケはカナエに笑顔を向けた。日本で最後に見た苦しそうな顔とは違い、すっきりした顔だった。


「シンスケ、お前……」


 カナエはどういって言いかわからずただシンスケの顔を見つめていた。


「そんな顔するなよ。俺はお前が好きだった。ずっと好きだった。でも諦める。俺のため、お前のために。だからお前は自分の気持ちに正直になれ。東京に来てお前がどれだけ武田のことで思いつめていたのかわかってる。俺はお前に幸せになってほしんだ」


 シンスケはカナエの肩をぽんと軽く叩くと屋上の出口に向かって歩き出した。

 カナエはその背中を見送ると柵に体をあずけ、もう一度空を見上げた。空はオレンジ色から藍色に変わろうとしていた。



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