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南国の魔法  作者: ありま氷炎
失ったものの泉
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最後の願い

「それではお前達を人間の世界に戻す。それぞれが死んだ場所に戻ることになる。よいな」


 そう言って天神が手を空に掲げると小さな声が天神を呼んだ。


「か、神様!」


 それはガルレンだった。ガルレンは恐る恐る天神を見つめて言葉を続けた。


「僕、ここにしばらく残してもらってもいいですか。ケンジさん達を見送りたいし、シティとしばらく一緒にいたいのです。ロウランには僕を待ってる人はいないから」

「よかろう」


 ガルレンの言葉に天神はそう答えると再び人々に向かって手を掲げた。


「それでは人間達よ。元の場所に戻るがよい」


 そういい終わると人々を光が包んだ。そして光は人々を乗せ空に消えた。


「さて、次は最後の願いか」


 天神は一息つくと遠くのルドゥルに視線を向けた。人間の世界に残された最後の魔族。それは天神が生み出した悲劇でもあった。


「ルドゥルよ。こちらに参れ」


 ルドゥルは天神に言葉に顔を上げると近づいた。人間を混乱させないため、フードをつけて、その角を隠していた。ルドゥルはフードを取ると、天神に近づいた。

 ルドゥルは神を憎み、人々を嫌っていた。自分だけが人間の世界に取り残されたことに怒りを覚えていた。しかしウェルザに会い、この神と精霊の世界に来て自分が変わるのがわかった。憎悪は薄れ、心は穏やかになっていた。


「世界を一つにしてやろう。お前の世界を人間の世界の西へ、神と精霊の世界を東につなごう。しかしお前にはやってもらいたい仕事がある。人間と魔族の仲介に立って両者が争うことなく平和に暮らせるように見守ってほしいのだ。これはお前にしかできないことだ」


 天神はじっとルドゥルを見つめた。

 人間を憎んでいた心が薄れ、人間を信頼し始めた魔族のルドゥル。世界が再び一つになれば魔族と人間の争いは避けられないだろう。遠い昔、世界はひとつだった。しかし一度それが別れ、そして今、再び一つに戻すのだから混乱は避けられないことは予想できた。

 ルドゥルは天神の青い瞳を見つめかえした。その瞳には自分への信頼のようなものが窺えた。


「俺も手伝います」


 ルドゥルが言葉を発するより先にナジブがそう口を開いた。ルドゥルは自分の忠実な共を見つめ、その頭を撫でた。そして再び天神に視線を戻した。


「天神よ。わしは魔族と人間の仲介となり、両者の平和に尽力しよう」


 天神はルドゥルの答えにうなずくと、森の側で座禅を組む土の精霊に視線を向けた。


「土はお前の助けとなろう。あれはなぜかお前が心配のようだからな」


 天神の言葉に土の精霊は顔を上げた。そしてルドゥルを見つめた。その姿はルドゥルと契約していた時ものとは異なるがその黒い瞳の輝きは同じだった。土の精霊は最初にルドゥルの前に現れた時と同じようにその瞳を向けていた。それは温かい優しい眼差しだった。


「さあ、世界を一つに戻す」


 天神はそう言うと目を閉じた。手を空にかざす。空から光がさし、天神を照らした。そして天神自身が輝き始める。世界が白い光で覆い尽くされていく。

 それは神と精霊の世界だけではなく、人間の世界でも魔族の世界でも一緒だった。


 強烈な光がやみ、世界に色が戻っていく。


 目を開けたケンジ達は周りに何も変化がないことに驚いた。ベノイは訝しがって天神を見る。

しかし、ルドゥルは目を輝かせていた。


「感じる。仲間の気を感じるぞ」


 ルドゥルの顔に笑顔を浮かんでいた。それは少年のような無邪気な笑顔だった。ナジブは自分の主人の笑顔につられ微笑んだ。そしてケンジ達もほっとして笑った。


「さあ、これで世界は一つになった」


 そう言った天神は少し疲れているようだった。


「ルドゥルよ。お前の仲間に会ってくるがよい。土が連れていけるはずだ」


 天神の言葉に土の精霊がうなずいた。


「ルガー、頼むぞ。人間よ。ありがとう。すべてお前たちのおかげだ」


 ルドゥルはケンジ達を見渡し、そう言った。ルガーが光になり、ルドゥルとナジブを包む。そして光の球は空に向かって飛んで消えた。


「なんか、あっけなかったな」


 べノイがルドゥル達が消えた空を見てつぶやいた。ケンジは苦笑した。


「ま、よかったじゃない。でもこれからウェルザとナジブがどうなるか気になるけど」


 ユリはそう言いながら腕を組んだ。


「そうだよな。狐と人間だもんな」


 べノイは生真面目にそう答える。


「きっと大丈夫だよ。ルドゥルがその辺うまく調整するんじゃないかな」

「ルドゥルがあ?!」


 ケンジの言葉にべノイは素っ頓狂な声を上げた。


 その声を聞きながらケンジは笑った。

 こういうやり取りがまたできるようになりケンジは嬉しかった。


 数時間前、どうしていいか、わからなかった。

 もうだめだと思った。

 でも今はこうして笑っていられる。


 ケンジは満面の笑みで二人の話を聞いていた。


「本当、ケンジって能天気よね」


 ユリはケンジの笑顔を見ながらため息まじりにそう言った。しかしそういうユリの顔にも笑顔が消えることなく浮かんでいた。


「まあ、それがケンジのいいところだよな」


 べノイはそう言ってケンジの頭を撫でた。


「さて、人間よ。準備はいいか。お前達も元の世界に戻す」

「天神よ。その前にシュエと会わせてもらってもいいですか」


 ふいにタカオがそう口にした。天神はタカオにその青い瞳を向ける。

 タカオは泉から戻るとシュエとシャオシェンの姿が見えないことに気がついていた。しかし元の世界に戻る前にシュエともう一度話がしたかった。


「いいだろう。神殿の奥の部屋にいる」


 タカオを見つめる天神の青い瞳が少しきらめいたような気がした。タカオは天神の心配を知っていた。


「ただ会うだけです。心配しないでください」


 天神はタカオの言葉に何も言わなかった。ただ竜の姿に変化すると失ったものの泉に潜った。


「山元くん、僕に少しだけ時間を。ナイナイと、シュエと少し話をしてきてもいいかい?」

「もちろんです。多分必要だと思います。僕達はここで待ってますから」


 ケンジの返事を聞くとタカオは神殿の方へ足を向けた。


「武田、私も一緒に行っていいか?」


 カナエがタカオの背中にそう問いかけた。タカオは振り返ってカナエを見つめる。


「私も一緒に話を聞きたいんだ」


 その言葉にタカオは戸惑っていたが微笑むとカナエの手を取った。


「いいよ。一緒に行こう」


 そして二人は手をつなぐと神殿の中に入っていった。


「かなわないよな」


 ベノイは二人の背中から視線をはずすとそう呟いた。

 わかっていたことだった。最初から。

 でも覚悟していたとは言え、胸に苦い思いがこみ上げた。



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